『夢幻典』[肆式] 中空論

解説

 大雑把に言うと、仏教の空の思想は、いっさいの固定観の否定を意味しています。すべてのものに本質はないという知恵とも言えます。岩波文庫『法華経』の注釈では、「空」の教えが次のように説明されています。

「空」は梵語シューニヤターの訳。この世に存在するものはすべて因縁によって存在するようになったものであって、その実体とか本質とかいうものはもともと無いということ。大乗仏教の基本的な教説で、小乗仏教の縁起説を止揚するものである。

 空の思想を参照するには、龍樹(ナーガールジュナ)の『中論』は外せません。龍樹を祖とする中観派では、空を無や断滅としてではなく、肯定と否定、有と無、常住と断滅といった二つのものの対立を離れたものとして捉えています。ですから、空とは、あらゆる事物の依存関係ということになります。龍樹は「有」を否定し、それと相関関係にある「無」もありえないと見なしています。その否定の力が、『空論』では展開されているのです。
 こういった既存の空の思想を参照し、ここでは私なりの考えを追加しています。例えば、ここで示している「ある論理体系」とは、『ジャイナ教綱要』のサプタバンギー・ナヤという論理を修正して利用したものですが、それを空の思想と関連づけて論じています。また、「現象そのものが本物である」という表現は、天台宗における「空・仮・中」の論理を参考にしています。他にも、ヒンドゥー教の三柱の最高神の原理を、この空の思想に恣意的に結びつけています。ちなみに三柱とは、創造神ブラフマー・維持神ヴィシュヌ・破壊神シヴァになります。
 その原理の利用により、ここでは時間論が空の思想において展開されることになります。空の思想における時間論のために、この『夢幻典』は空の思想を飛び越えて、その先の思想へと続くことになります。


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西部邁

木下元文

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投稿者プロフィール

1981年生。会社員。
立命館大学 情報システム学専攻(修士課程)卒業。
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