『夢幻典』[肆式] 中空論

 無常における美しさ。

 現象そのものが空虚である。
 現象そのものが空白である。
 現象そのものが本物である。

 空において、形が顕在し、何かが潜在する。
 その繰り返しそのものの構造が問われる。
 顕在と潜在の関係により、中空が示される。
 すなわち、空が中(あた)る。
 そう見なされうる視点が成り立つ。

 しかし、空の思想により、その視点もまた・・・。

 空の思想において、
 現実における不在が語られる。
 そのとき、有と無が共に否定される。

 ここに言葉の問題が加わる。
 言葉の恣意性により、現実が浸食される。
 現実性は、言葉によって保証されないのだから。
 それゆえに、有と無とは異なる空の思想の語りがありえることになる。
 存在と非存在を超えた語りにより、空へと中(あた)る。

 ゆえに、言葉により覆われる何かがあるだろう。
 言葉はその虚構性により、何物かを隠す。
 だからこそ、その隠しについての語りが語られるであろう。

 空の思想において、三つの原理が示されるだろう。
 曰く、維持・破壊・創造。
 三つの原理の絡み合いによって、世界は続く。
 あるときには、世界は終わることによって始まる。
 世界の始まりと終わり。
 世界の終わりと始まり。
 世界は続いていく。

 ここに時間軸の問題が問われる。
 過去→現在→未来。
 過去←現在←未来。
 その一方的な流れが拒絶される。

 刹那。
 原因と結果の論理に亀裂が入る。
 因果の道理に、解釈が導入される。
 それは、ある一種の世界観の成立。
 一系列の時間観の破綻。

 刹那の瞬間。
 すべてが、心も物も、生起し消滅する。
 原因と結果は同一ではなく、それゆえに因果は破綻する。
 同一律を保つものは時間の停止であり、刹那によって崩れる。
 完全に自立した存在のありえなさ。

 そのありえなさにより、他のものが要請される。
 時間を考えるためには、他のものが必要となるのだから。
 あるものが作用するとき、他のものを対象として作用するのだから。
 無限遡及と相互依存性。
 そこに固定端を打ち込むことはできない。

 今による永遠の顕在。
 今に至る歴史の潜在。
 永遠の今、すなわち、悟り。

 そして、その続きを語ろう。
 永遠の今が、永遠の今から離れる。
 今から今への移動。
 前後の今の意味が、変わるだろう。

 世界は続いていく。
 それは、仮説である。
 そして、その儚い仮説を受け入れるのならば。

 そこにおいて、悟りを悟らず。
 悟りを悟らずという、悟り。
 そうして、それは繰り返しによって、永遠の今を暗示する。
 時は、動き出す。
 歴史が紡がれる。

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西部邁

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