【世代論特集】世代間で受け継いで行くもの

登別地獄谷

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世代について

 世代とは、親から子供、子供から孫へと引き継がれるそれぞれの代のことです。通常は、約三十年を一世代と数えるようです。
 「世」という漢字は、会意文字です。会意文字とは、二字以上の漢字の字形や意味を合わせた漢字のことです。「世」は、三本線の「三」と「十」の漢字の組み合わせたものであり、三十年や長い時間の流れを意味しているわけです。世の中を意味する場合もあります。
 一世代は、同時代に生まれ、同じ教育を受けたということから、共通した考え方や感じ方をもつ人々としてまとめられることがあります。もちろん個人差がありますから、いわゆる世代論には陥穽がつきものです。それでも、同じ時代状況や同じような教育を受けてきた影響があるわけで、一国内においての世代間の違いを考えることには、少なくない意義があるのかもしれません。

親子という世代間関係

 一世代が三十年だとすると、最も分かりやすい世代間は親子関係だと思います。
人間はこの世に生まれおちると、庇護者である父親と母親との関係を築きはじめます。やがて成長していくと、同年代の子供たちと友達関係を築いていきます。友達の親たちとも顔を合わせることも増えてくることでしょう。そういった経験から、人間は世代間の違いを学んでいくことになるのです。当たり前の話ですが、親子関係と友達関係は違うということも学んでいくわけです。
 その際に、教育やしつけという形で、上の世代から様々なことを学びながら人間は成長していくのです。そこに世代間の交流の意義を見いだすことができるのです。
 世代を超えて伝わるものもあるでしょう。世代間で断絶してしまうものもあるでしょう。世代間の交流を介して、歴史は紡がれていくのです。

親から受け継がれたもの

 親は親としての想いをもって子供を教育するわけですし、子供は子供として親の言うことを聞いたり反発したりするわけです。私も人間ですから、父親と母親がいます。私という人格を考えたときに、両親からの影響というのは無視できないわけです。
 私は大学から独り暮らしで、それから親元を離れて暮らしています。電話などはほとんどせずに、年に二回くらい帰省し、そのときに話をするというのが現在のつきあい方です。今の状態は、世間的にはとりたてて仲が良いというわけでも悪いというわけでもなく、適当な距離感を保った親子関係だと勝手に考えています。
 父親からの影響は、本好きとか格闘技好きとかの嗜好性は引き継いでいると思います。仕事に対する姿勢なども、参考にしていると思います。
 母親からは、物事を冷静に判断するところとか、冷徹に人間関係を処理できるところなどは影響を受けている気がします。母親との関係性において、二つほど強く記憶に残っていることがありますので簡単に紹介します。

雪山での出来事

 一つ目は、私が幼稚園児のころだったと思います。
 当時の私たちは北海道に住んでおり、冬に雪山へ遊びに行ったときの話です。雪が降っており、かなり寒かったのを覚えています。
 私が震えていると、母親が自分の着ている服を一枚私に着させてくれました。私は、
「どうして服をくれるの?」
と聞きました。母親は、
「神様が着せてあげなさいって。」
と言いました。
 母親は、別にクリスチャンなわけではありません。仏教徒だと思います。
私は自分が何宗になるのか母親に聞いたことがありますが、母親は分からないと答えるくらいに宗教感覚は薄い家庭環境でした。簡易的な神棚と仏壇があるくらいでしたし、今もそうです。
父親も母親も、宗教的な感覚としては、漠然と生命は死んでも転生して、他の生命に生まれ変わると考えているようです。父親などは、
「前世では逆に俺がお前の息子だったのかもしれない。そういう縁があるから、今は俺が親でお前が息子なんだ」
などとよく分からないことを言ったりしています。
ですから、母親が神様を持ち出したのは、キリスト教のゴッドや仏教の弥勒菩薩のような特定の宗教的概念というわけではないのです。ただ、母親が震えている息子に、自分の着ているものを着せてやるという、人類史においてありふれた振る舞いの説明に、神様という言葉を持ち出したということです。
 なぜ私がこのことを強く覚えているかというと、私は、
「寒くないよ。お母さんが着てなよ」
と言うべきだったことを知っていたからです。しかし、私は、とても寒かったので言うべき言葉を言うことができませんでした。そのため、母親が持ち出した「神様」という言葉が強く心に刻み込まれたのです。当時の私も、本当に神様が言ったなどと信じていたわけではありません。その「神様」は、母親の心の中にあるものだということは分かっていたのです。その母親の心の中にあるものとの対比で、寒さゆえに言うべきことを言えない自分の心が締め付けられたのです。
 私は両親に似て、特定の宗教や宗派に対する情熱というものはあまりありません。しかし、この「神様」は、ほんものの神様だと思ったのです。今でも、そう思っています。

宮沢賢治全集『銀河鉄道の夜他十四篇 童話集』より

「あなたの神さまってどんな神さまですか。」青年は笑ひながら云ひました。
「ぼくはほんたうはよく知りません、けれどもそんなんでなしにほんたうのたった一人の神さまです。」
「ほんたうの神さまはもちろんたった一人です。」
「あゝ、そんなんでなしにたったひとりのほんたうのほんたうの神さまです。」

何によって涙を流すのか

 二つ目は、私が小学生のときの話です。
 晩ご飯前に、母親は私にあるたとえ話をしました。それは同じアパートに、同じくらいの年齢の二人の男性が住んでいるという話です。
 二人は別々の部屋に住んでいて、特に面識があるという設定もありませんでした。ですから、神の視点に立って、境遇が似ている二人の男性を眺めるという状況設定での話だったのです。
 二人の男性はそれぞれの部屋で、晩ご飯に同じものを食べていました。ご飯と味噌汁とおかずに鮭という組み合わせだったと思います。そして、二人の男性は、二人とも泣いているのです。

 一人は、きちんとした食事がとれることに感謝して。
 もう一人は、こんな食事しかとれないことが口惜しくて。

 この二人の境遇は、客観的には同じものであり区別できません。しかし、その涙の意味は、まるで違っているのです。感謝している男は、小さいときに貧しかったのかもしれません。口惜しく思っている男は、小さいときに裕福だったのかもしれません。
 ここには、心の有り様による世界の在り方が、見事なまでに示されているのです。人間は、何によって満足し、何によって不満を覚えるのか。何によって人は涙を流すのか。
その基準がここまで的確に示されたことは、私の人生において貴重な経験でした。

ウィトゲンシュタイン『論理哲学論考』より

 要するに、そのとき当の意欲によって世界は総じて別の世界とならざるをえない。世界はいわば全体として縮小もしくは増大せざるをえない。
 幸福な人の世界は不幸な人の世界とは別の世界である。

世代間で受け継いで行くべきもの

 私が母親との関係で強く記憶に残っていることを、二つほど紹介させていただきました。
 私に将来子供ができたときは、この二つの話をすることになるでしょう。この記憶は、次の世代に伝わることになるかもしれないのです。
 人間の世界の世代間には、世代の違いを超えて伝わるものがあるのです。それが、歴史を紡いでいくのです。

世代を超えて伝わるもの。
世代を超えて伝わらないもの。
世代を超えて伝えていくべきもの。
世代を超えて伝えるべきではないもの。

 それらの考察のためにも、世代論を考えることには少なくない意義があると思うのです。

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西部邁

木下元文

木下元文

投稿者プロフィール

1981年生。会社員。
立命館大学 情報システム学専攻(修士課程)卒業。
日本思想とか哲学とか好きです。ジャンルを問わず論じていきます。
ウェブサイト「日本式論(http://nihonshiki.sakura.ne.jp/)」を運営中です。

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