家族と国家のおはなし

異なる前提

 長男オンドラに比べ、三男コルネルはもっとはっきりと母親に告げます。自分の家族に限定しては息子たちを説得できないと考えたためか、母親は言い回しを変えます。「その人たちにゃ家族はないのかい? みんな自分の家族の心配でもしてればいいのに!」と。
 あえて説明すれば、抽象的な家族の一般論ではなく、具体的な家族の一般化によって息子を説得しようと試みているのです。
 その母親の論理に対し、コルネルは「でも、家族がすべてじゃない」と答えるのです。こうなると、議論はすれ違ったまま、溝は深くなっていきます。母親が「すべてですよ、コルネル。あたしにとってはそうですよ」と言えば、コルネルは、「失礼ですけど、母さん。ぼくが考えてるのは、わが国家のことなんですよ」と返すのです。
 異なる前提からは、異なる結論が導かれるという話です。母親は具体的な自分の家族を前提におき、男たちにとっては、それはすべてではなかったということなのです。
 父は、国王と祖国と中隊の名誉のために。息子たちはそれぞれ、医学のために、技術の進歩のために、国家のために、自由と平等のために死んでしまいます。息子たちの死に、それぞれ異なる理由を用意したことから、チャペックの劇作家としての高い力量をうかがうことができます。
 男たちも、なにも好きこのんで死んでいったわけではありません。(幽霊となった)父の口からは、「父さんはもっと生きていたかった」とか、「あわれな話だ。わたしらはもっと生きていられたはずなのにな」という言葉が発せられています。これらの言葉は、この作品に深みをあたえています。

スピーカーからの声

 ラジオのスピーカーから、情熱的で切々と訴えかける女の声が響きます。協定がふみにじられ、宣戦布告もなく、外国の軍隊が国土に侵入してきたというのです。
 スピーカーの声は、祖国を護るためにすべての男性に呼びかけます。それに対し母親は、「一体、あたしの子供に、あんたが、どんな権利を持っていると言うんです? もし、あんたが母親なら、自分の子供を戦争に出すことなんてできやしないでしょうよ!」と叫ぶのです。
 そのとき末っ子のトニは、戦場へ向かおうとします。母親は、それを止めようとします。

トニ 悪いけど、母さん。でも――いい? このことにはね、ほんとうに、すべてのことがかかっているんだよ・・・・・・祖国が・・・・・・それから、国民の運命が・・・・・・
 それで、国民をお前が守るのかい? おまえがいなくては具合が悪いのかい? おまえが行ったところで、どうにもならないと思うけど。
トニ 母さんがみんなそんなこと言ったんじゃ――
 あたしはなんとも思いませんよ。だいいち、子供を一人一人とられていくのを黙って見てられると思いますか? そんなこと勝手にさせとくようなら、いいかい、そんなのは母親なんかじゃありませんよ!

 母親はトニに語りかけます。戦争を憎むように教えたことを。人間に対して銃を向けることは、とんでもないことなのだと。
 トニも母親に語りかけます。これは防衛なのだと。行けば死ぬことも分かっていると。戦死の瞬間を何度も想像したことを。そして、これはみんなの義務なのだということも。
 幽霊となって母親に会いにきていた息子たちも、母親に語りかけます。この戦争に敗けたら、全員の死が無駄になるということを。なにも残らなくなるということを。戦争に反対だとしても、暴力に対しては防衛しなければならないということを。これは信念の問題なのだということを。

武器を手渡すとき

 それでも母親は、頑強に反対します。自分には、家族以上に大事なものはないのだと。
死んだ夫や息子たちが、英雄になったとは思えないのだと。殺されたり、不運に見舞われたりしたとしか思えないのだと。

 おまえも案外と激しいんだな、え? おまえだって、そうしなくちゃならないとなったら、死ぬこともいとわんだろうが。
 でも、あなたたちのためによ、あなた! あなたたちのためで、他のことのためだったら、絶対にいやです! 自分の夫のため、家族のため、子供のためならね――それ以外のことが、女のあたしに何の関係があるっていうんです! いえ、いえ、トニのことだったら、絶対、あなたたちに、渡したりはしませんからね!

 そのときまた、スピーカーから女の声が告げます。四百名の士官候補生が乗っていた練習船が、敵の魚雷を受けて沈没中だというのです。そして、その船には、その女の息子が乗っていたことが分かります。
 ラジオのスピーカーから流れてくる女の声は、息子の悲報を知って一時的に取り乱します。しかし、その後にまた、全男性が戦いに参加するように呼びかけるのです。武器を取るように呼びかけるのです。
 それを聞いた母親は、そのラジオの女にも子供がいたことに驚きます。トニは母親へ懇願します。ラジオからは、新たな事実が告げられます。敵空軍が、小学校に爆弾を投下したことを。逃げまどう子供たちにたいし、機銃掃射があびせられたことを。
 母親は沈黙の後、たった一人残された息子トニへ銃を手渡し、「行きなさい!」と告げるのです。

参考記事
『永遠のゼロ』を私はこう見る(小浜逸郎氏の記事)
倫理観の相克と融合 ―小浜逸郎氏の記事に応える―(上記記事への応答)
【世代論特集】世代間で受け継いで行くもの
ナショナリズム論(1)(2)(3)(4)(5)(6)(7)

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西部邁

木下元文

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投稿者プロフィール

1981年生。会社員。
立命館大学 情報システム学専攻(修士課程)卒業。
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