ナショナリズム論(6) 対E・J・ホブズボーム

近代的領域国家

 E.J.ホブズボーム(Eric John Ernest Hobsbawm, 1917~2012)の『ナショナリズムの歴史と現在』を参照し、ナショナリズムについて考えてみます。
本書ではまず、〈私は「ナショナリズム」という用語をゲルナーが定義した意味で、つまり「第一に、政治的単位と民族的単位が一致すべきであるという原則」を意味するものとして使用する〉と宣言されています。その上で、近代と結びつけた上で国家について語られています。

 私は「ネイション」を根源的な社会的存在とも、不変の社会的存在ともみなさない。ネイションが社会的存在であるのは、それがある種の近代的領域国家、「ネイション‐ステイト」に関連する限りにおいてである。

 ちなみに、ボブズボームはゲルナーについて、〈上からの近代化という視点を優先させていることで、下からの見方に適切な注意を払いがたくしている〉と指摘しています。

近代以前のプロト・ナショナル

 ボブズボームは、ナショナリズムが近代のものだと主張するために新たな概念を導入しています。

 近代の国家やネイションに適合するマクロな政治的尺度において、いわば潜在的に機能しうるある種の集団的帰属感がすでに存在していて、それを世界各地で、国家と民族運動が動員することができたということであろう。私はこのような集団的帰属感を「プロト・ナショナル」と呼ぶことにしよう。

 プロト・ナショナルという用語が出てきました。このプロト・ナショナルを利用すれば、近代以前のナショナリズムは、すべてプロト・ナショナリズムだと主張することが出来てしまうわけです。こういうのは、用語の定義による自作自演の疑いが濃厚です。そのため、具体的にこの用語の使用例を見てみます。

 「貴族のナショナリズム」は、「ナティオ、政治的フィデリタス、コムニタスという三つの要素、つまり『ナショナリティ』、政治的『忠誠』、『政治的連合体』というカテゴリーが、……社会内の一集団の社会的・政治的意識と感情の中ですでに統一されている」限り、プロト・ナショナリズムと見なしてよいかもしれない。

 近代以前に見られた貴族のナショナリズムは、ナショナリズムではなく、プロト・ナショナリズムだというのです。ですから、近代以前に発見されたナショナリズムは、プロト・ナショナリズムということにしてしまえば良いのです。そうすることで、ナショナリズムは近代の現象だと言い張ることができるわけです。このことは、一見して言葉の乱用に見えてしまいます。
 そこで、ナショナリティとプロト・ナショナリティをどう区別するのかが問題になります。その判定については、〈国の住民全体から成るものと想定されるネイション〉という説明から分かります。〈近代国家は領土の全域にわたって同一の制度的・行政的体制と法を課そうとした〉というわけです。つまり、民主化とナショナリティを結びつけて論じているのです。このことは、〈十九世紀の最後の三分の一世紀ころには、民主化が避けられないこと、少なくともますます制限の少なくなる選挙によって政策を選択するようになることが不可避となった〉という説明からも明らかです。

 政治の民主化、すなわち臣民を市民にするというまさにその行為が、いくつかの点で国家的愛国心、あるいは狂信的な愛国心とさえ区別することが難しい人民主義的意識を生み出してしまうという傾向があるというのも、もし「国」が何らかの意味で「私のもの」であるならば、それを外国人の国々よりも好ましいものと見なすようになることは、いわば自然の成り行きだからである。

 つまり、ボブズボームは、民主化によってナショナリズムが生まれたと主張しているのです。その結果、ボブズボームの言うナショナリズムは、集団的帰属感ではなく、人民主義的意識に限定されてしまうのです。

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西部邁

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