安倍内閣の「成長戦略」(2)「混合診療の全面解禁」

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 安倍内閣の「成長戦略」でもう一点、筆者が危惧しているのは「混合診療」の全面解禁問題だ。政府の規制改革会議は三月二十七日、「選択療養制度(仮称)」の創設を提言した。これは、患者と医師の合意を前提に、保険診療と保険外診療の併用を包括的に容認するものである、事実上の混合診療全面解禁と言える。安倍総理は四月十六日、経済財政諮問会議と産業競争力会議の合同会議で、混合診療の大幅な拡大を検討するよう関係閣僚に指示した。

我々はどんなとき「混合診療」問題に直面するのか

 混合診療といっても一般の国民にはほとんどなじみがないだろう。われわれは、どういうときに混合診療という問題に直面するのか? それは「がん難民」になったときだ。日本人の死因第一位はがんであり、毎年三十四万人以上ががんで亡くなる。「二人に一人はがんになり、三人に一人はがんで亡くなる」という我が国の現状を考えれば、これは決して他人事ではなく、すべての国民にかかわると言っても過言ではない国家的命題なのだ。
 がんの告知をうけた患者は、手術、放射線治療、化学療法など、厚生労働省が承認している標準治療を受診する。公的保険が適用されるので原則、自己負担は3割で済む。標準治療で根治できた患者はがん難民にならず、混合診療の世界も知らないまま社会に復帰することができる。
 問題は、がんが進行して全身に転移したときだ。こうなると局所治療である手術と放射線は使えないので、残された選択肢は化学療法だけになるが、抗がん剤には薬剤耐性という決定的限界がある。抗がん剤が効かなくなると、患者は主治医から「もう治療法がない」と告げられ、ホスピスへの転院を求められるわけである。諦めきれない患者や家族は、自由診療を求めて全国をさまよい始める。これがいわゆるがん難民である。
 自由診療とは、厚労省が承認していない治療法を保険外で行うことで、これを専門にしているクリニックは現実にかなり存在する。厚生労働省が混合診療を原則禁止しているのは、自由診療の無秩序な蔓延を防ぐためだ。国の審査を受けていない自由診療は、安全性や有効性が立証されていないが、がん難民はワラにもすがる思いで受診している。

「混合診療」の「全面解禁」は国民の利益にならず

 もし混合診療が全面解禁されれば、現状は一部のクリニックでしか行われていない自由診療が、全国すべての医療機関で実施可能となる。自由診療の普及が加速化することは間違いない。それは再発・転移がんの患者や家族にとって福音なのだろうか?
 混合診療が全面解禁になれば、患者の自己負担は検査費と入院費に関しては若干減るのは確かだが、それで誰でも気軽に自由診療を受けられるようになるわけではない。なぜなら、自由診療は薬価や診療費の水準についても国が一切統制していないので非常に高額で、たとえ入院費や検査費に保険がきいたとしても、一般の所得者にはなかなか負担しきない数十万円から数百万という巨額の治療費を請求されるからだ。ここに、所得による医療の格差が発生することになる。これは誰でも平等に、安心して治療を受けられるという、世界に誇るべき我が国の国民皆保険制度の理念に反する。

 そもそも、治療効果についても副作用についても科学的根拠がないのにもかかわらず、巨額の費用を請求される自由診療が普及することが、果たして本当に患者のためになるのだろうか? 多くの患者団体が求めているのは、混合診療の全面解禁などではなく、「ドラッグラグ」の解消、つまり欧米などの臨床試験で効果があることが証明されている未承認薬を、一日も早く承認・保険収載して欲しいということに尽きるのだ。最愛の家族をがんで失った筆者自身も、混合診療の全面解禁は、断じて国民の利益にならないと確信する。

西部邁

関岡英之

関岡英之評論家・ノンフィクション作家

投稿者プロフィール

昭和36年6月、東京生まれ。
昭和59年3月、慶應義塾大学法学部政治学科を卒業。
 同 年4月、 東京銀行(現・三菱東京UFJ銀行)に入行、約14年間勤務後、退職。
平成13年3月、早稲田大学大学院理工学研究科修士課程修了、著述活動に入る。

主な著書:田母神俊雄氏と共著『日本は「戦後」を脱却できるか 真の自主独立のために』祥伝社 平成26年
     三橋貴明氏と共著『検証・アベノミクスとTPP 安倍政権は「強い日本」を取り戻せるか』廣済堂出版  平成25年
     中野剛志氏編『TPP黒い条約』 集英社新書       平成25年
     『国家の存亡 「平成の開国」が日本を亡ぼす』PHP新書       平成23年
     『中国を拒否できない日本』     ちくま新書       平成23年
     『帝国陸軍見果てぬ「防共回廊」』祥伝社         平成22年
     『奪われる日本』         講談社現代新書     平成18年
     『拒否できない日本』       文春新書        平成16年
     『なんじ自身のために泣け』(第7回「蓮如賞」受賞)河出書房  平成14年

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