ナショナリズム論(6) 対E・J・ホブズボーム

ナショナリストではないということ

 本書の冒頭でボブズボームは、〈ネイションやナショナリズムを真摯に研究する歴史家は、明確な政治的意志を持ったナショナリストではありえない〉と述べています。つまり、ボブズボームはナショナリストではないのです。
 では、ナショナリストではない者がナショナリズムについて研究した結果、どのような結論にたどりついたのでしょうか。ボブズボームは、〈より強力な国家でさえグローバルな経済に依存することになる〉と述べ、〈超国家的経済を前にして「国民経済」が衰退していることを前提〉として語っています。その結果、次のような結論にいたっています。

 ナショナリズムが、今日、世界の政治においてあまり目立たないとか、ナショナリズムの運動がかつてよりも少なくなっていることを意味しているわけではない。私が論じているのは、むしろ、明らかに目立っているにもかかわらず、歴史的に見てナショナリズムは重要でなくなりつつあるということである。

 これは、果たして本当でしょうか。現在までの歴史を振り返ったとき、この予測は外れていると言わざるをえません。ネイションやナショナリズムは、依然として歴史の表舞台で踊り回っているのです。グローバルな経済によって、むしろ国家の役割が増し、国家間の緊張が高まったとさえ言えるのです。
 ボブズボームは、なぜネイションやナショナリズムを過小評価してしまったのでしょうか。一つ言えることは、ボブズボームがナショナリストではなかったことです。
確かに、ナショナリストであるが故に、ナショナリズムを適切に評価できないことがあるというのは、一つの真実なのかもしれません。しかし、ナショナリストではないが故に、ナショナリズムを適切に評価できないことがあるというのも、一つの真実なのかもしれないのです。

ボブズボーム説の考察

 ボブズボームは、人類史を通じて見られる集団的帰属感について、それはナショナリズムではなく、プロト・ナショナリズムだと用語の上で定義しています。その上でナショナリズムを、民主化による人民主義的意識に限定しています。そのような恣意的な操作によって、ナショナリズムを近代のものとすることに成功しているのです。
 さて、われわれはナショナリズムを論ずるに際して、ボブズボームのこの恣意的な操作を受け容れるべきでしょうか。少なくとも私は、この用語法には問題があると考えています。むしろ、集団的帰属感としてのナショナリズムの一種として、人民主義的意識というバリエーションがあると考えるべきだと思うのです。そうしないと、民主化していない国家を数多く抱えている現代世界において、ナショナリズムの問題を適切に処理することはもちろん、まともに考えることもできなくなってしまうからです。
 例えば、現代の中国を考えてみると分かりやすいかと思います。中国は民主化されておらず人民主義的でないが故に、不満のはけ口として他国への敵愾心をあおり、ナショナリズムを爆発させているという事実があります。ナショナリズムは、人民主義的な場合もありますし、人民主義的でない場合もあると考えておくべきだと思うのです。

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西部邁

木下元文

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投稿者プロフィール

1981年生。会社員。
立命館大学 情報システム学専攻(修士課程)卒業。
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