思想遊戯(2)- 桜の章(Ⅱ) 日本神話

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「思想遊戯」特集ページ

第二節 日本神話

 

 かれここをもちて、
 今に至るまで天皇命等(すめらみことたち)の御命(みいのち)長からざるなり。

 『古事記』より

第一項

一葉「佳山君。日本最古の歴史書には、神様が地上に降り立ち、美しい娘と婚約した話が語られています。知っていますか?」
智樹「ええと、それって『古事記』のことですか?」
一葉「はい。『古事記』のことです。」
 そう言って、上条さんは薄く微笑んだ。僕はうれしくなって、彼女に話の続きをたずねた。
智樹「その話は、どのような話なのですか?」
一葉「神様の名前は、ニニギノ命(ミコト)。美しい娘の名は、コノハナノサクヤ姫です。」
智樹「ニニギノミコトとコノハナノサクヤ姫・・・。」
一葉「佳山君は、天孫降臨を知っていますか?」
智樹「ええと、確か日本神話で、神様が地上にやって来たことでしたっけ?」
一葉「はい。天照大神(あまてらすおおみかみ)の命を受けて、ニニギが高天原(たかまがはら)という天上の世界から、日向(ひゅうが)国の高千穂峰に天降(あまくだ)ったという物語です。」
 僕はうなずいた。
智樹「それが天孫降臨ですか?」
一葉「はい。そうです。地上に降り立ったニニギは、美しい少女と出会います。それがサクヤ姫です。ニニギはサクヤ姫に求婚します。サクヤ姫は、自分の父親に聞くようにとニニギへ言います。それを受けてニニギは、父親のところに使いを遣わします。」
 僕は、楽しそうに語る彼女を見ていた。とても不思議な感じがした。大学に入って、とても美しい女性の隣に座って、その女性が日本神話について楽しそうに語っているのを聞いている。これは、夢なんじゃないかと思った。いや、事実、これは一つの美しい夢なのだと僕は勝手に納得するのだ。目覚めて視る、一つの、美しい夢。
一葉「遣いから話を聞いた父親は、喜んで多くの献上品とともに娘を差し出します。そのとき、サクヤ姫と一緒に、姉のイワナガ姫も送り届けました。けれど、その姉は、サクヤ姫と違って容姿が醜かったため、ニニギは恐れをなして父親のもとへ送り返してしまうのです。ニニギは、妹のサクヤ姫だけを留めて、契りを結びます。」
 穏やかな風が吹く。僕は、イワナガ姫の心情を想った。
一葉「父親は、イワナガ姫を送り返され、嘆いて言うのです。娘を二人遣わせたのには理由があったのだと。イワナガ姫を娶れば、天の神の御子の命は、雪が降っても風が吹いても岩のように永遠になったであろうと。サクヤ姫を娶れば、木の花が咲き栄えるように、繁栄がもたらされるであろうと。そのために二人を遣わせたのだと。」
 僕は、彼女の述べた内容について考えてみる。
智樹「サクヤ姫は花を比喩し、繁栄を象徴していて、イワナガ姫は岩を比喩し、永遠の生命を象徴していた、ということですか?」
一葉「はい。ニニギはイワナガ姫を送り返し、サクヤ姫一人と結婚したため、寿命が木の花のようにはかなくなったということです。木の花とは、桜の花か、あるいは梅の花だとする説が有力です。イワナガ姫は、岩の永遠性を表しているとされています。花の美しさを取り、岩の醜さを遠ざけたため、現在に至るまで、天皇の寿命はそれほど長くないと語られているのです。つまり、天皇が神の子孫でありながら、人間と同じ寿命になっている理由が示されているのです。」
 彼女は薄く微笑んで僕を見た。僕は不思議な感じを受けた。
智樹「でも、もしニニギが、イワナガ姫とも結婚していたら、どうなっていたのでしょうか。というか、ニニギはイワナガ姫に謝って、イワナガ姫とも結婚すれば良かったんじゃないでしょうか?」
 僕がそういうと、彼女は少し寂しそうな顔をした。
一葉「そうですね。もしニニギがイワナガ姫とも結婚していたのなら、天皇陛下の寿命はもっと長かったのでしょう。でも、今現在、事実、そうなってはいないのです。」
 僕は彼女がとても賢いことを分かっているので、あえて訊いてみた。
智樹「なぜ、そうなってはいないのでしょうか?」
 彼女は、少しだけいたずら子っぽい表情をした。美麗な女性のそのような表情は、正直言ってグラッとくる。
一葉「神話というものは、今のこの世界の理由を説明する役割を果たしています。実際に、神の子孫である天皇の寿命は人間とは変わらないわけですから、その事実の理由が必要になります。その理由が、物語として要請されるわけですね。ですから、ニニギはイワナガ姫と結婚しないことで、永遠の命を手放さなければならなかったのです。ですから、謝って結婚してもらうということは、物語の性質上、できないのです。」
 そういって、彼女は薄く微笑んだ。彼女のその微笑みは、不思議な魅力を放っている。僕は、少しだけ怖くなった。
智樹「では、そのためにイワナガ姫は用意されたということでしょうか? つまり、永遠の命を手放すための存在というか、装置というようなものとして・・・。」
 僕がそう言うと、彼女は僕から視線を外し、遠くを見つめた。その眼差しは、とても寂しそうに見えた。

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