思想遊戯(2)- 桜の章(Ⅱ) 日本神話

三宮「『旧約聖書』の創世記に出てくる生命の樹と知恵の樹の説話も、バナナ型神話の変形と考えることができます。エデンの園の中央には、神によって2本の樹が植えられていました。一つは、その実を食すと永遠の命を得ることができる生命の樹です。もう一つは、善悪の知識を得ることができる知恵の樹です。知恵の樹の果実を食べることは、神から禁じられていました。食べると死んでしまうと神は述べています。」
 僕はこの話を知っている。確か、ヘビが出て来るはずだ。
智樹「そこにヘビが出てきて、イブをそそのかして、アダムもともに知恵の樹の果実を食べてしまうんでしたよね?」
三宮「ええ。ヘビは、知恵の樹の果実を食べても死ぬことはないと言います。それを食べると、神のように善悪を知る者になれると言います。」
智樹「それでヘビは、食べちゃえとそそのかしたわけですね。」
 教授は、首を振った。
三宮「いいえ。原文を正確に追って行くと、面白いことが分かります。ヘビは、園のどの樹からも食べてはいけないと神に言われたのか女にたずねます。女は、園の中央にある樹の果実だけは死ぬから食べてはだめだと言います。ヘビは、その果実を食べても死ぬことはなく、神のように善悪を知るようになることを女に告げます。それを聞いた女は、果実がおいしそうなために、取って男とともに食べてしまうのです。」
 僕は、教授の話を聞いて驚く。
智樹「それでは、ヘビは・・・、もしかして悪くないのでは・・・。」
三宮「そうです。ヘビは、少なくとも嘘は吐いていないのです。恐るべきことに、この一連のやりとりで嘘を吐いている者が一人だけいます。」
 僕は、教授が意図しているところが分かって、背筋に冷たいものが走った。
三宮「その者は、アダムとイブが知恵の樹の果実を食べてしまったことに気がつきます。その者は、ヘビとイブとアダムに呪いをかけます。その者は、アダムとイブが、生命の樹の果実を食べて永遠の生命を手に入れることを恐れ、エデンの園から二人を追放します。」
智樹「恐ろしい話ですね。」
 僕は、正直な感想を言った。
三宮「まったくですね。」
 僕と教授は、しばらく黙っていた。僕は、世界最大の宗教の秘密の一つを見せられた。嘘を吐く者。嘘を暴くもの。
 打ち上げが終り、帰り道で僕は、上条一葉さんの言葉を思い出していた。

 「嘘をつくことは、悪いことでしょうか?」

 そう、彼女は言った。僕は、彼女がそう言ったことを知っている。だから僕は、本当のことが分かった。
 ただ単に、真実を語る者が正しくて、嘘を吐く者が悪いという簡単な話ではないということを。嘘を吐く者が正しく、真実を曝く者が悪い場合もあることも知っている。
 そして、その逆の場合も。
 醜い嘘を吐く者。その嘘を暴く者。嘘を曝かれたことを呪う者。
 この呪いによって始まる世界の今の説明。その説明によって、つむがれる一つの世界。その世界原理にあらがう、別の世界の可能性。
 僕は、上条一葉さんに惹かれている。彼女は、別の世界の可能性を僕に観せてくれるのかもしれない。それは期待というより、彼女の語る言葉から導き出された予測だった。

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西部邁

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