思想遊戯(2)- 桜の章(Ⅱ) 日本神話

第三項

祈「智樹くん。こんにちは。」
 そう言って、水沢が話しかけてきた。
智樹「水沢か。おっす。」
 片手を上げて返事をする。
祈「席、いいかな?」
智樹「良いよ。」
 水沢は僕の向かいの席に静かに座った。
祈「今日は、ひとり?」
智樹「うん。」
 僕は丼モノで、水沢はサンドイッチ。今日は、昼の時間なのに比較的空いていて助かった。落ち着いて食事ができる。食べながら、僕は気になっている話題を振ってみる。
智樹「なあ、天孫降臨の話って、水沢は知ってる?」
祈「天孫降臨? それって神話の?」
智樹「そう。日本の神様が地上に降り立って、美しい娘と結婚した話。」
 水沢は、ゆっくりと僕に応える。
祈「恋愛もの、好きなの?」
 からかわれている気がしたけれど、変に反発するのも大人げないので冷静に返す。
智樹「少女漫画は読まないけど、日本神話とかは意外に面白いと思うよ。」
祈「どんなふうに?」
智樹「ニニギって神様が地上に降り立ったとき、美しい娘を見つけるんだ。結婚を申し込むと、娘の親は姉も一緒にニニギに差し出す。でも姉は醜くかったため、ニニギは美しい妹とだけ結婚して、姉とは結婚しなかった。」
 水沢は、こっちを見た。
祈「神話なのに、俗物的な話だね。女は愛嬌だと思うよ。智樹くん。」
 どうも内面が読み取れない雰囲気で、水沢は淡々と話す。何か、笑みに凄みがあるなぁ・・・。僕は、半ば無理矢理にもとの話を続ける。
智樹「ええと、それで美しい妹は花の比喩で繁栄を意味し、醜い姉は岩の比喩で長寿を意味していたわけ。それで、妹と結婚して姉と結婚しなかったから、長生きすることができずに、神様は短命になっちゃいましたって話。だから、神の子孫である天皇の命は永遠じゃないって話。」
祈「不思議な話だよね。きれいな女の人とは結婚して、そうでない人を振ったら寿命が縮むのかな?」
智樹「えっと、その姉妹も神様で、そういう不思議な力を持っていたっていう話じゃないかなぁ? 確か、天上の神様と地上の神様がいたとかいう設定で、天上の神様が地上に降りてきて、地上の神様に求婚したってことじゃないかな・・・?」
祈「良く分かっていないだけかもしれないけど、天上の神様が、地上に降りてきて美人な神様をナンパしたっていうこと?」
 水沢のストレートな言い方に、僕は少しおかしくなった。
智樹「うん。そうかも。」
祈「それで、親は美人な妹と一緒に、醜い姉の方も押しつけちゃえって考えたのだけど、失敗してしまったということ?」
智樹「まあ、そうだね。」
祈「それで、実は、姉は醜いけど長寿の属性があって、妹は繁栄の属性があったと。」
智樹「そうかも。」
祈「両方を娶ったら、長寿と繁栄を享受できたのだけど、顔で判断したため、長寿の方は取り逃がしたという話なのかな?」
智樹「なんか、そういう風に言うと、ホントに俗っぽいな・・・。」
祈「そこには、教訓が隠されているね。」
智樹「教訓?」
祈「女を顔で判断すると、後悔するぞってね。」
 水沢は笑顔でそう言った。なにか、怖いかもしれない。そもそも、水沢はかなり容姿レベルが高いんだから、そこで絡まないでほしい・・・。
智樹「えっと・・・、そうなのかな。違うんじゃないかな・・・。」
祈「じゃあ、智樹くんは、この話の教訓は何だと思う?」
智樹「いや、教訓かどうかは分かんないのだけど、世界の成り立ちを説明しているんだと思うよ」
祈「世界の成り立ち?」
智樹「いや、だからさ、神の子孫である天皇が永遠に生きられない理由を説明しているわけで…。」
 水沢は、僕をじっと見た。
祈「美しくない女性を振ったから、永遠に生きられないってことかな?」
智樹「・・・・・・・・・。」
 僕は、黙ってしまった。確かに、水沢にそう言われると、そんなような気がしてきた。確かに、醜いイワナガ姫と結婚しないと短命になるって、変だよな。まずいな。なんか自分の考えに自信がなくなってきたなぁ・・・。
祈「だからね、智樹くん。女を顔で選ぶと、後悔するぞってことだね。」
 彼女は少し微笑みながら言った。かわいい女性が言うだけに、よく分からないけど、なにか不思議な凄みがある・・・。
智樹「いや、違うと思うけど・・・。」
 僕は苦笑いをし、水沢は静かに微笑んでいる。僕は、黙って残りのご飯を食べた。

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西部邁

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