『夢幻典』[玖式] 蛍光論

解説

 ドストエフスキーの『悪霊』で、登場人物の一人であるキリーロフは次のようなセリフを吐いています。

「いいことです。赤ん坊の頭をかち割っても、いいことなんです。かち割らなくてもいいことなんです。なにもかもがいいことなんです。なにもかも。なにもかもがいいとわかっている人にとっては、それだけでもう、すべていいことずくめなんです。みんなが、これでいいとわかるようになれば、みんなにとって何もかもよくなるんです、でも、これでいいってことがわからないうちは、みんなにとってよくないんですよ。思想といっても、それだけのこと、それだけのことで、それよりほかに、何も、どんな思想もないんですよ!」

 この種の問題は、『罪と罰』のラスコーリニコフや『カラマーゾフの兄弟』のイワンにも感じることができます。イワンは「すべては許されている」ことを公式だと見なしています。
 この『蛍光論』で展開されている思想は、それが公式であってはならないという思想ではなく、これを公式とした上での思想になります。この世界の根源的なあり方の故に、確かに、すべては許されているからです。もう少し正確に言うと、善悪に関わらず、可能な出来事は実行し得るということです。それを認めた上で、何を為すかが、その根拠の底が抜けているにも関わらず、論じられているのです。
 なぜなら、その根拠の底がどうあれ、何かを為さざるを得ないからです。「何もしない」ということすら、「何もしない」ことを選んだということになってしまうからです。選んだことの根拠の強弱は重要ですが、それ以前に、我々は何かを選ばなければならないのです。なぜか、世界がそうなっているのですから。
 その上で、ある特殊な考え方が示されています。この『蛍光論』では、直接的な表現はありませんが、小泉八雲の作品の情景などが下地になって展開されています。例えば、『出雲再訪』には次のような文章があります。

 日々の暮らしにこと欠かず、自然が万人に与えてくれる素朴な喜びに満ち足りて、私欲をすて家族知人と仲良くやってゆければ、それで十分、もう望むことはないという心構えだ。

 これは素晴らしい文章です。そうは思いませんか?


※本連載の一覧はコチラをご覧ください。

ページ:
1 2

3

西部邁

木下元文

木下元文

投稿者プロフィール

1981年生。会社員。
立命館大学 情報システム学専攻(修士課程)卒業。
日本思想とか哲学とか好きです。ジャンルを問わず論じていきます。
ウェブサイト「日本式論(http://nihonshiki.sakura.ne.jp/)」を運営中です。

【ASREAD連載シリーズ】
思想遊戯
近代を超克する
聖魔書
漫画思想
ナショナリズム論

Facebook(https://www.facebook.com/profile.php?id=100007624512363)
Twitter(https://twitter.com/moto_nihonshiki)

ご連絡は↓まで。
nihonshiki@nihonshiki.sakura.ne.jp

この著者の最新の記事

関連記事

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

  1. 2015-9-1

    神概念について ―ある越権行為のまえがき―

     神という概念は、宗教において最も重要なキーワードの一つです。神という概念を持たない宗教にお…

おすすめ記事

  1. ※この記事は月刊WiLL 2015年6月号に掲載されています。他の記事も読むにはコチラ 女性が…
  2. 「日本死ね」騒動に対して、言いたいことは色々あるのですが、まぁこれだけは言わなきゃならないだろうとい…
  3. SPECIAL TRAILERS 佐藤健志氏の新刊『愛国のパラドックス 「右か左か」の時代は…
  4. ※この記事は月刊WiLL 2016年1月号に掲載されています。他の記事も読むにはコチラ 「鬼女…
  5. 酒鬼薔薇世代
    過日、浅草浅間神社会議室に於いてASREAD執筆者の30代前半の方を集め、座談会の席を設けました。今…
WordPressテーマ「CORE (tcd027)」

WordPressテーマ「INNOVATE HACK (tcd025)」

LogoMarche

ButtonMarche

イケてるシゴト!?

TCDテーマ一覧

ページ上部へ戻る