思想遊戯(11)- パンドラ考(Ⅵ) 佳山智樹の視点(大学)

第五項

 サークル始動の次の日、僕はたまたま学内で会った一葉さんと話していた。
智樹「昨日は、予想以上に議論が盛り上がりましたね。」
一葉「そうですね。特に水沢さん。彼女は素敵ですね。」
智樹「そうですよね。僕も驚きました。水沢って、やっぱり議論に向いていると思うんですよ。あんなにできるやつなら、もっと前から話しておけばよかったです。」
一葉「今までは、そんなに親しくなかったのですか? 同じ高校だったと聞いていますけど。」
智樹「どうですかね? 同じ高校でしたが、たまに話すくらいでしたね。実際のところ、水沢は可愛くて人気があったので、僕なんか相手にされていなかったってのもありますし。」
一葉「そうですか。ところで、智樹くん。」
智樹「何ですか?」
一葉「このあいだのパンドラの匣の話、智樹くんは、正解はどれだと思いますか?」
智樹「僕がどう思うかですか? そうですねぇ。やっぱり、箱の中には善が詰まっていたんじゃないかなって思いますね。それで、最後に希望が残っていたってのがストーリーとしてすんなりしていると思うんですよね。未来予知は、さすがに歴史的にも解釈として唐突すぎるような気がしますし。」
一葉「つまり、匣には悪が詰まっていたわけではないと?」
智樹「そうですね。僕はやっぱり、ニーチェの解釈は間違っていると思うんですよ。」
一葉「なぜでしょうか?」
智樹「確かに希望は、苦しみを続けさせるために利用することだってできると思います。でも、それなら他の感情にも適用可能だと思うんですよ。」
 僕がそう言うと、一葉さんは薄く微笑んだ。
一葉「そうですね。」
 その微笑みを見て、僕は嬉しくなる。
智樹「そうです。喜びを続けるためにも、希望は必要です。それどころか、苦しみから抜け出すためにも、希望は必要なのです。ニーチェの言っていることは、数ある可能性の中の一つを大げさに言っているに過ぎません。」
一葉「素敵な解釈だと思います。」
 そう言う一葉さんの態度に、僕は何かを感じとった。
智樹「でも、それは僕の考えであって、一葉さんは違うことを考えているのではないですか?」
 一葉さんは、僕をじっと見つめながら言った。
一葉「その通りです。よく分かりましたね。」
智樹「なんとなく、です。」
 そうして、彼女は透き通った声で彼女の物語を語るのだ。
一葉「私の考えでは、匣の中身には、実際には何も入っていなかったのです。」
 そう言って、彼女は一旦話を区切る。それは、僕の質問を待っているかのようだ。僕は、操られるように彼女に質問をする。
智樹「それは、匣には善が詰まっていたわけでもなく、悪が詰まっていたわけでもない、ということですか?」
一葉「その通りです。そこが重要です。ですから、本当は、匣に希望など入ってはいなかった。善も悪も、何も入っていなかった。これが、私の物語の真相です。」
智樹「匣は、からっぽだったということですか?」
 彼女はゆっくりとうなずいた。
一葉「はい。パンドラの匣はからっぽだったのです。パンドラは空の匣を持たされ、空の匣を開け、そして空の匣を閉じた。これが、私の物語の真相です。」
 そうして、彼女は静かに微笑むのだ。


※次回は10月中旬公開予定です。
※本連載の一覧はコチラをご覧ください。

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西部邁

木下元文

木下元文

投稿者プロフィール

1981年生。会社員。
立命館大学 情報システム学専攻(修士課程)卒業。
日本思想とか哲学とか好きです。ジャンルを問わず論じていきます。
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