愛国心は必要か(前編)

愛国心について(6)

 さてそこで、国家の危機をより強く意識する人々(わが国では保守派と呼ばれる)は、愛国心を持つことの大切さを強調し、教育によるその涵養の意義を訴える。極端な場合には、強制的な注入の必要を説く。この傾向には、大きく言って二つの要因が考えられる。

 一つは先にも述べたように、わが国の場合、手ひどい敗戦の結果として国家否定的な左翼イデオロギーが言論界、ジャーナリズム界を席巻したため、それへの対抗として国家意識の再建が強く叫ばれたこと。もう一つは、戦後、経済が繁栄し平和が維持されたために、国民の間に国家意識が薄れて私生活中心主義が支配するようになったこと。この二つの要因が、保守派をしてしきりに、愛国心の必要を説かしめているのである。

 だがじつは、愛国心を強要したり、その必要を法に謳おうとしたり、道徳教育をもって愛国心を注入しようとすることは、近代国家をきちんと成り立たせることにとってほとんど無効であり、国家(近代国家)という共同性における人倫精神のはき違えなのである。というのは、近代国家の精神は、個人個人の愛国感情によって支えられるよりも、はるかに大きく、そこに属する住民の福祉と安寧とをいかに確保するかという機能的・合理的な目的意識によって支えられているからである。

 このことは軍事・外交・安全保障にかかわる施策や行動においても例外ではない。もちろん実際の戦闘時の士気を維持することにとって参加メンバーの愛国心は大いに寄与しているように見えるが、それはよく個々のメンバーの行動心理に照らしてみれば、個人の愛国の情の力の集積というよりも、大きな目的を合理的に理解した上での、各部署における職業倫理と責任意識であり、同じ目的を追求していることから生じる同朋感情であり仲間意識なのである。これらがうまく機能するとき、「強い・負けない」国家はおのずと現れる。

愛国心について(7)

 職業倫理をきちんと果たしている人は、政治家、マスコミ人、知識人、華々しい有名人などよりも、名もない市井の地道な職業人、たとえば鉄道員、郵便配達人、バスの運転手、大工や板前などの職人、看護師、自衛官、消防士、等々に多く、それは誰に対して何をどうするのかが具体的に限定されていて、役割のはっきりした職能であるからであろう。

 この事実は、いわゆる「愛国心」と称せられる感情や意志が実際に強く現実の行動として現れるのが、多くの場合、高級官僚や統帥本部などよりも、前線で戦う兵士のような現場においてであるという現象に応用することができる。彼らは命令に従って死を賭して任務に従うが、それを「愛国心」とか「報国心」とか名付けるのは、本人たちであるよりも、背後から観察し、感銘を受ける他者なのである。

 兵士の内面はもっと複雑であり、そこでは、「生きたい」「愛する人の元に帰りたい」という思いと、目下の任務にあくまでも忠実たろうとする職業倫理との葛藤がすでに経験されている。しかし自分の置かれた現実状況をよく認識して職業倫理を貫かざるを得ないと観念した時、死を賭する覚悟が粛然と訪れてくるのである。それを単純に「愛国心」と呼ぶことはできない。

 一般に国民生活における欲望や関心は極めて複雑多様である。その錯綜した状態をまとめ上げ、必要に応じて一つの結束をもたらすために必要なのは、ひとりひとりの心に愛国心を植え付けることであるよりも、ある政治的な意志や行動が、自分たちの生活の安寧を保障することにとっていかに有意義かということをよく理解させることである。それがよい統治なのである。

愛国心について(8)

 「愛国心」の必要を訴える感情的保守派は、しばしば身近な者たちや郷里への愛からそのまま地続きで、国家のようなより超越的なレベルの共同性への愛につながっていくことが可能であるかのような論理を用いる。しかし残念ながらこれは欺瞞的なお題目というほかない。というのも、じっさいにそうしたつながりを保障する具体的なステップがそろっており、小から大に至る経路が明らかにされていないかぎり、そうした主張は、単なる党派的な幻想による感情の強要に終わるほかないからである。

 国家は心情を共有しうる人々の存在を基礎として、機能的かつ合理的な統合性によって成り立つ。この機能的かつ合理的な統合性は、「愛国心」のような感情的なものに依存することによって保証されるのではない(それはしばしば実存や個体生命と矛盾するために道を誤らせることがある)。身近な者たちへの愛が損なわれることのないような社会のかたち(秩序)をいかに練り上げるかという理性的な「工夫」によって保証されるのである。その工夫のあり方のうちにこそ、国家の人倫性があらわれる。いささかレトリカルに言えば、国民が国家を愛することが要求されるのではなく、国民を愛しうるような国家を存立させることが要求されるのである。

議論に入る前に [木下]

 さて、上記の「愛国心について(1)~(8)」から、読者の方々はどのような感想をお持ちになられたでしょうか? この小浜氏の見解に同意された方もいるでしょう。違和感を覚えた方もいるでしょう。反論してみたくなった方もいるでしょう。
 私も違和感を覚えた箇所があったため、この文章に質問するという形から議論が始まります。読者の方々も、小浜氏の見解を参考にし、どう議論を深めることができるのかを考えていただけると嬉しいです。
 それでは、議論を開始しましょう。

愛国心を巡る議論[後編]』へ続く・・・

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西部邁

木下元文

木下元文

投稿者プロフィール

1981年生。会社員。
立命館大学 情報システム学専攻(修士課程)卒業。
日本思想とか哲学とか好きです。ジャンルを問わず論じていきます。
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