『日本式正道論』第一章 道の場所

第三項 太平記

 『太平記』は、応安・永和(1368~79)頃に成立したと推定されています。作者は諸説ありますが不明です。元弘・建武の内乱から南北朝内乱までの半世紀を描いた軍記物語で、全40巻で構成されています。『平家物語』の仏教的な因果論と比較し、『太平記』では儒教の影響が強いことが特徴です。物語の中で、儒教的な名分論が語られています。
 『太平記』の〔序〕には、「天の徳」と「地の道」という概念が出てきます。〈蒙窃かに古今の変化を採つて、安危の所由を察るに、覆つて外無きは、天の徳なり〉とあります。古から今にいたる世の移り変りのにおいて平和と乱世の由来を考えると、万物を覆うものが天の徳になります。天の徳は、〈明君これに体して国家を保つ〉と言われ、明君がこの徳を身に備えて国を治めるものとされています。一方、〈載せて棄つること無きは、地の道なり〉とあります。国家の運営を任せて疎んずることのないものが地の道になります。地の道は、〈良臣これに則つて、社稷を守る〉と言われ、臣下が道理に従って、国家の祭祀を守るものとされています。天の徳は〈もしその徳欠くる則は、位有りといへども、持たず〉と、それがなければ帝位を維持することはできないと語られています。地の道は、〈その道違ふ則は、威有りといへども、保たず〉と、それがなければ、権勢があっても保つことができないとされています。ゆえに、〈後昆顧みて、誡めを既往に取らざらんや〉とあり、後世の人たちは歴史を顧みて、過去から教訓を学ぶべきことが説かれています。
 徳性によって政治を行うという徳治の思想が見られるように、『太平記』は儒教色の強い作品です。仏教色の強い『平家物語』とは対照的ですが、『太平記』にも無常観があります。
 〔巻第三〕では、〈実を結んで陰をなし、花落ちて枝を辞す。窮達時を替へ、栄辱道を分つ〉と無常が詠われています。樹木が実を結んで葉陰をつくるようになると、花は散って枝から離れていきます。困窮と栄達は時とともに移り変り、栄光と恥辱は道を分かつものだとされています。〔巻第六〕では〈この世の中の有様、ただ夢とや謂はん、現とや謂はん〉とあり、〔巻第九〕では、〈栄枯地を易へたる世間は、夢幻とも分けかねたり〉と述べられています。栄枯の交わる世の中は、まるで夢まぼろしだと語られています。〔巻十五〕では〈うたたねの夢よりも尚あだなるは此比みつるうつつ也けり〉とあり、夢よりも現実の方がはかないと嘆いています。ここから分かるように、徳治を説きながらも無常観が下敷きにされているのが、『太平記』の面白いところです。
 最終巻である〔巻第四十〕では、〈治まれる代の音は安くして楽しみ、乱れたる世の音は恨んで忿ると云へり〉とあります。平和な時代の音楽は心安らかで楽しく、乱世の時代の音楽は心に背いて憤らせるというのです。その上で、〈日本の歌もかくの如くなるべし〉と述べられています。ですから、〈政を正しくし邪正を教へ、王道の興廃を知るはこの道なり〉と語られているのです。つまり、政治を正して、何が誤りで何が正しいかを教え、徳による王道の興廃を知るのは、日本の和歌の道なのだと説かれているのです。


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西部邁

木下元文

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投稿者プロフィール

1981年生。会社員。
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