『日本式正道論』第一章 道の場所

第三節 物語

 物語は、「ものがたる」ことです。つまり、はじめは口承文芸でした。語るという形式を取って口から口へと伝承していくものでしたが、文字の発達とともに文章として綴られて行きました。日本の物語は、口承文芸から文字文芸へと続いています。
 日本において、人生の雅を叙述する物語の系譜は、『竹取物語』、『宇津保物語』、『落窪物語』、『源氏物語』という作品に見られます。特に、その頂点に立つのが『源氏物語』です。
 また、武士の合戦を通して、勇ましさを叙述する物語は軍記物語と呼ばれます。その系譜は『保元物語』、『平治物語』、『平家物語』、『太平記』、『源平盛衰記』といった作品に見ることができます。この中でも、『平家物語』と『太平記』は特に有名で秀逸です。

第一項 源氏物語

 『源氏物語』は紫式部(973頃~1014頃)の作品です。『紫式部日記』によれば1008年(寛弘5)には途中まで成立し、1021年(治安1)には流布していたことが分かっています。
 本居宣長(1730~1801)は「もののあはれ」を表現したものと言い、折口信夫(1887~1953)は「いろごのみ」と述べました。思想的には、神仏習合を含めた仏教信仰との関わりも重要です。
 『源氏物語』における無常は、例えば〔葵〕に〈とまる身も消えしもおなじ露の世に心おくらむほどぞはかなき〉とあります。生き残っている身にも死んだ者にも、同じく露のように儚い世なのに執着の心を持つとは儚いことだという意味です。〔総角〕では〈桜こそ思ひ知らすれ咲きにほふ花ももみぢも常ならぬ世を〉とあります。桜が悟らせてくれるというのです。咲き誇る花も紅葉も、世は無常だということを。
 また、道については、〔絵合〕で〈道々に物の師あり、まねび所あらむは、事の深さ浅さは知らねど、おのづから移さむにあとありぬべし〉とあります。諸道にはそれぞれの師匠が居ます。学ぶところがあるのは、深さ浅さは別として、自然と伝承された中で残ったものがあるからだというのです。
 このように、『源氏物語』の中でも無常や道について語られています。その中でも特筆すべきは、〔御法〕における、光源氏が無常と道の関係について述べた箇所です。

  臥しても起きても涙のひる世なく、霧りふたがりて明かし暮らし給ふ。いにしへより御身のありさま思し続くるに、「鏡に見ゆる影をはじめて、人には異なりける身ながら、いはけなきほどより、悲しく常なき世を思ひ知るべく、仏などのすゝめ給ひける身を、心強く過ぐして、つひに来し方行く先もためしあらじと覚ゆる悲しさを見つるかな。今はこの世にうしろめたきこと残らずなりぬ。ひたみちにおこなひに趣きなむに、さはり所あるばじきを、いとかくをさめむ方なき心惑ひにては、願はむ道にも入り難くや」とやゝましきを、「この思ひ少しなのめに、忘れさせ給へ」と、阿弥陀仏を念じ奉り給ふ。

 <現代語訳(玉上琢弥 訳より)>
  寝てもさめても涙はとめどなく流れ、目も涙に霧りふさがって日を暮らしておいでになる。昔からの御自分の有様を考えつづけて御覧になると、「鏡にうつる顔だちを始めとして、皆とは違うわが身ながら、幼い時に母親に死に別れる不幸に会って、この世の無常を悟れよと、仏などが手引きしてくださっている身なのに、気強くも押し切って、とうとう最後に、過去にも未来にも例はあるまいと思われる悲しみに会ったことだ。もはやこの世には何の心残りもなくなってしまった。一筋に仏道を修行するのに邪魔はないはずだが、こんなにまでしずめようのない惑乱状態では、仏の道にも入れないであろう」と気がとがめるので、「この悲しみの心を少しはやわらげて、忘れさせてください」と、阿弥陀仏をお念じになる。

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西部邁

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