ナショナリズム論(5) 対アントニー・D・スミス

スミスによるネイションの形成

 ネイションを近代のものと見なしているのには、スミスなりの考え方があります。ネイション形成において、スミスは〈西洋における三つの革命の衝撃〉を挙げています。すなわち、〈分業の分野における革命、行政管理における革命、文化的統一の革命〉です。これら三つの革命において、〈二〇世紀初めまでに、全ヨーロッパ大陸は、「合理的な」官僚制国家のネットワークへと分割された〉というのです。これは、〈ナショナリズムが発生し、ネイションが形成されたのは、このるつぼ、つまりヨーロッパと植民地の国家間システムのなかにおいてであった〉という考え方に基づいています。
 近代世界のネイション形成について、スミスは次のようにまとめています。

 すべてのネイションは、領域的原則とエスニックな原則、領域的構成要素とエスニックな構成要素の双方の刻印を帯び、社会的・文化的組織のより新しい「市民」モデルとより古い「血統」モデルとの、不安定な集合となっている。「未來のネイション」は、故郷の地かあるいは共通の起源や血統神話をもたないとすれば、存続することができない。逆に「ネイションになることを熱望しているエトニ」が、統一された分業と領域的移動を実現することなしに、あるいは、それぞれの構成員のための共通の権利・義務の法的な平等性、つまり市民権を実現することなしに、目的を達成することもありえない。

 スミスは、〈単純化していうならば、近代的なネイションは、近代主義者が私たちに信じさせようとしているほどには、「近代的」でない〉と述べています。なぜなら、〈近代のネイションは、過去にその根源をもっており、その構成員やその重要な部分は、過去を、明確にみずからのものとして、みずからの独自性を表現するものと考えている〉からです。
 つまりスミスは、近代以前の要素を重視しながらも、結局はネイションやナショナリズムが近代に形成されたと見ているのです。

スミス説の考察

 スミスの近代主義者・原初主義者・永続主義者という分類は、ネイションやナショナリズムを巡る議論を整理するのに参考になります。ただし、スミス自身が指摘しているように、どの主義にも問題があります。
 ヨーロッパ中心主義的な考えに立たなければ、分業・行政管理・文化的統一という観点から見ても、歴史的なネイションやナショナリズムを近代に限らずに見つけることができます。
 一方、ヨーロッパ中心主義的な考えに立てば、ウェストファリア条約以後に形成された分業・行政管理・文化的統一の革命だけが、「合理的な」官僚制国家にいたったという基準を持ち出すことができます。そのような見解に立った場合には、ネイションやナショナリズムが近代に形成されたと言い張ることができるようになるのです。
 そして、当たり前の話ですが、私は、ヨーロッパ中心主義的な考えには立たずに話を続けていくことにします。

→ 次の記事を読む: ナショナリズム論(6) 対E・J・ホブズボーム

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西部邁

木下元文

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投稿者プロフィール

1981年生。会社員。
立命館大学 情報システム学専攻(修士課程)卒業。
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