右翼と左翼という分類はほんとうに死んだか

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現在、政治論壇の中では、TPP問題、経済政策、原発問題等、様々な意味において思想的な混乱状態、あるいは混沌状態が発生していますが、そんな中で多くの論者が、「もはや思想的を右と左といったカタチで分類する時代は終わった」と宣言しています。

右と左、分けられないのは知的怠慢ではないか

しかし、果たして、この「もはや思想的を右と左といったカタチで分類する時代は終わった」という言葉は、本当に現在の思想の状況を考える上で妥当な表現であるのでしょうか。もちろん、冷戦が終結して20年以上が経過している現在において、かつての冷戦時代のように「ソ連側の社会主義派の人間は左!!アメリカ側の自由主義派の人間は右!!」というように非常に単純な形で左右の分類が可能であった時代が終結したのは事実でしょう。しかし、だからといってすぐさま「だから、もう思想を左右で分けるのは古い、そんな時代は終わった!!」という結論に走るのもあまりにも短絡的であるように思えます。彼らの述べる「もう思想を左右で分ける時代は終わった」という言葉は、一つの時代の明確な終焉というよりは、混沌した時代の中で、一定の分類の基準を保持することの放棄、もっとありていに言ってしまえば、混沌した時代の中で考えることを放棄した知的怠慢である可能性が否定できないように思えるのです(あるいは、単にそれが一種の流行のワードになってしまっているのかもしれません)。

もちろん、すべての人々の個人個人の思想を綺麗に右と左に分類することは不可能ですし、またほとんどの人びとは右や左に綺麗に分類可能な明確な思想というものをそもそも持っていない場合が多いです。ノンポリや中間層、あるいは無思想と言っても良いでしょう。その意味では、戦後日本における圧倒的多数派であった、基本的にはノンポリでありながら、いわゆる戦後教育というものの影響下でどちらかというと思想的に左派的な傾向を持つ人々のことを小林よしのり氏がカタカナサヨク(あるいはサヨク)と名付けたのは中々的確な表現であったように思えます。

また、一般層においては、左右の分類は困難ではありますが、政治問題に言及している著名な評論家や言論人に限定するならば、実は、未だに一定の基準を設けることで、ある程度綺麗に左右の色分けが可能になります。

現代日本にあって右と左を分ける確固たる基準、それは

もちろん、ここで重要になるのは、「一体、思想の左右を分けるためにどのような基準を用いるべきか?」という問題ですが、一つ、綺麗に左右を分類できる基準として挙げられるのが、戦前戦後の歴史において戦後左翼的な、または丸山真男的歴史観を受け入れているか否かという点です。

中野 戦後すぐに、丸山眞男を筆頭とした連中は、こう論じていた。日本が大東亜戦争などというバカげた戦争に突き進んだのは、日本には西洋みたいな近代合理主義、個人主義がないからだ。自立した個が育っていないからだ。この古い日本的なものをぶち壊せ。これが進歩主義といわれた戦後の左翼でしょう。
(『まともな日本再生会議 グローバリズムの虚妄を撃つ』中野剛志 柴山桂太 施光恒)

中野剛志さんは、『まともな日本再生会議 グローバリズムの虚妄を撃つ』という本の中で、いわゆる戦後左翼の歴史観をこのように定義していますが、このような歴史観を受け入れるか否か、という基準を用いるなら相当に綺麗に左右を分けることが可能になります。ちなみに、この基準を用いるなら、現代日本の抱える多くの問題の根本にあるのは、近代化に対する努力を怠った多くの日本人の田吾作的な傾向にあるとした愚民社会論を展開した大塚英志や宮台真司などは典型的な左翼論者ということになります。

また、この歴史感に対立するいわゆる「右派」的歴史観として、近代化の家庭の中で様々な伝統的な権威や地域コミュニティーを破壊していく中で、バラバラな砂粒のような個人が大量に発生し、そのバラバラな個人の所属願望、何か大きなものに繋がりたいという願望を吸い上げる形で全体主義やファシズムが発生したとする考え方(いわゆる近代社会批判)がありますが、このような思想や歴史観の典型が藤井聡さんや中野剛志さんになります。

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西部邁

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コメント

    • しん
    • 2014年 8月 07日

    はじめまして。
    面白く拝読させて頂きました。

    1点だけ質問がありコメントさせて頂きました。

    それは「もはや思想を右とか左とかの基準で分ける時代は終わった」という言葉が何故思考の丸投げや思考停止に繋がるのか?という質問でした。

    文中で理解する事ができませんでした…多分これ私の読解力の弱さです。

    すいません。

    私としては「もはや思想を〜」をはじめて聞いた際に「もはや政治や社会的な思想は複雑化しているから二極化して簡単に争える程シンプルな時代ではなくなった
    。または、もともと二極化シンプルな考えができる程簡単なものじゃないんだから1人1人の思想について向き合って」と言われたような気がしました。

    「思考する」ということ自体の認識のズレもあるかとは思うのですが、私は「二極化」という言葉を聞くと。
    「少ない選択肢に当てはめた方が色々考えなくていいし楽(効率的)だから右左に当てはめて考えよう」というイメージがあり、それが「思考している」とはどうしても思えませんでした。

    むしろ「この人は何をどう考えているんだ?」という事を右左という属性に依存せず情報収集するという事が「思考する」という認識でした。

    相手に対して情報収集する事が逐次「思考の手伝いをしてくれる」と考えていました。
    なので、むしろ「もはや思想を〜」の言葉は
    「もっと思考をしなければならない」と受け取ったのです。

    政治や社会的な思想というものは宗教と同じで一つの神を崇拝するのにユダヤ教・キリスト教・イスラム教があり、
    それぞれの中にまた宗派がいくつもあって、と
    いうようにいちいち枝葉に別れある団体は繋がってたりある団体は繋がってるようでもはや独立したりしているもので、その一つ一つが凄く強固なものでなかなか一口に言えないもの、と考えています。

    長々とすいませんでした。

    良かったら再度説明頂けませんでしょうか?

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