『夢幻典』[漆式] 心身論

解説

 ここでの心身論は、古くはゴータマ・ブッダにまで起源を遡れる五蘊非我説を参考にしています。
 唯識思想については、批判的に検討した上で、かなり恣意的に利用しています。部派仏教の時点ですでに、事象を認識されるもの「所取」と認識するもの「能取」とに分けて観察する方法が編み出されていました。これは客観と主観の区別として考えることもできます。
 唯識派の陳那(ディグナーガ)は、それを深めた「三分説」として、認識は所取分と能取分と自証分という三つの心的要素から成立するという説を立てています。主観と客観という視点によって、ある一つの認識が可能となるわけですが、その結果そのものを確証する作業が必要なことから、自証分というもう一つ別の心的要素が考えられたわけです。自証とは、自らが自らを証するという意味です。所取と能取の認識作用を確認するのが、自証分の働きになります。
 さらに後に、護法(ダルマパーラ)は「四分説」を唱えました。自証分の働きを、さらに証する働きが必要だと考えたからです。すなわち、証自分です。これは哲学的に、ものすごい業績だと思われます。この証自分は、あえて言う必要のないものを、あえて語った言葉なのかもしれません。自明すぎて、ことさらに言う必要がない概念を、言葉によって表現して論じるという、極めて高度な活動がここにはあるように思えるのです。
 さて、最後は「慈悲」について。中村元氏によると、南方アジアの上座部仏教では、「慈(mettā)」は「(同朋に)利益と安楽とをもたらそうと望むこと」を意味し、「悲(karunnā)」は「(同朋から)不利益と苦とを除去しようと欲すること」を意味すると註解しています。そうだとするならば、慈悲とはプラス概念を延ばし、マイナス概念を埋める作用だと考えることもできそうです。


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西部邁

木下元文

木下元文

投稿者プロフィール

1981年生。会社員。
立命館大学 情報システム学専攻(修士課程)卒業。
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