思想遊戯(12)- パンドラ考(Ⅶ) 上条一葉からの視点

第三項

一葉「パンドラの匣の中には、最初から希望なんて入っていなかったのです。入っていたのは、あらゆる禍(わざわい)だけ。そして、パンドラは、それを振りまいただけなのです。」
祈「どういうことですか?」
一葉「このパンドラの匣は、ゼウスによる人間への復讐劇です。神々によって平穏が保たれた世界を、禍に満ちた世界にするための禍々(まがまが)しき神々たちの謀略。パンドラは、そのためのトリガーです。」
 私がゆっくりと語る物語を、水沢さんは静かに、だけれど真剣に聞いてくれています。
一葉「神々によって平穏が保たれた世界では、絶望が存在しません。それゆえ、原理的に、希望もまた存在することができません。」
祈「…つまり、希望を生むためには禍が必要、ということですか?」
 彼女の言葉に、私はゆっくりとうなずきます。
一葉「そうです。希望も絶望も存在しない世界において、希望を生み出すためにはどうすればよいのでしょうか? その答えは、絶望を振りまく、ということになります。」
祈「絶望によって、希望は、ただ、自動的に生まれることになる…。」
一葉「はい。そのとおりです。だからこそ、パンドラは自分自身のために、その匣を開けなければならなかったのです。」
祈「なぜですか?」
 彼女は、唇をなめます。その仕草はセクシーですが、唇が渇いているということで、緊張していることが分かります。
一葉「パンドラは、その匣を開ける役割を担わされていたのですから。神々の意思という超越概念が物語において設定されているため、パンドラは自らの意思とは無関係に、いつかはその匣を開けなくてはなりません。開けることにならざるをえないのです。パンドラは、その役割を遂行せざるをえないのです。」
祈「パンドラは、操り人形だってことですか?」
一葉「はい。そうです。パンドラは役割を与えられており、その役割を遂行しなければならない以上、そこにパンドラの希望が存在しない・・・。」
 彼女の口から言葉が漏れます。
祈「だから、パンドラが匣を開けたことによって・・・。」
 私は、ゆっくりとうなずきます。
一葉「そうです。パンドラがその匣を開けたことによって、その役割が終わります。それゆえ、パンドラその人自身の希望のために、匣は開かれなければならないのです。そのため、パンドラが匣を閉じる行為が間に合うか間に合わないか、それは、どうでもよい問題です。いえ、それは端的に無意味な行為なのです。そこには人類のための希望の実体など無かったのですから。そして、それゆえに、パンドラ自身の希望のために、パンドラが匣を閉じることによって、そこに人類のための希望が残ったことにならなければならない、ということです。」
祈「パンドラの希望…。」
 私は微笑みます。
一葉「そうです。パンドラその人の希望のために、パンドラの匣は開かれねばならないのです。パンドラが匣を開くことによって、絶望が世界に振りまかれ、世界に希望が生まれます。その行為は、パンドラがあわてて匣を閉じたことによって、匣の底に希望が残ったという形を取ります。それは、そういう形を取るべきだったから、そうなったのです。そうすることによって、パンドラは、パンドラ自身にとっての希望を得ることが可能になったのです。」
 私が話し終えると、彼女はしばらく黙って私を見ていました。
祈「上条先輩、一つだけ聞いてもいいですか?」
一葉「いいですよ。」
祈「先輩が、このサークルを設立した目的は何ですか?」
 私は静かに答えます。
一葉「会話、です。」
祈「会話?」
一葉「そう、会話、です。今、私と水沢さんがしているような会話です。私は、このような会話をしたいのです。」
 そう言って、私は彼女の瞳をじっと見つめるのです。


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西部邁

木下元文

木下元文

投稿者プロフィール

1981年生。会社員。
立命館大学 情報システム学専攻(修士課程)卒業。
日本思想とか哲学とか好きです。ジャンルを問わず論じていきます。
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