思想遊戯(12)- パンドラ考(Ⅶ) 上条一葉からの視点
- 2016/10/12
- 小説, 思想
- feature5, 思想遊戯
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第二項
新しいサークルの初日は、予想以上に議論が活発に行われてとても楽しいものでした。 その次の日、私は、智樹くんとさらにパンドラの匣の解釈について語り合いました。そして、その次の日、私は水島さんに会いに行ったのです。
一葉「こんにちは。」
祈「…こんにちは。」
水島さんは、ぎこちなく挨拶を返してくれました。
一葉「少し水島さんとお話したくて、迷惑かもと思ったのですが待っていました。」
そう言って、私は微笑みます。そんな私を見て、彼女は無表情に応えます。
祈「分かりました。どこかに行きますか?」
一葉「それではカフェででも、お話しましょう。」
私たちは、カフェで飲み物を注文し席に座ります。カフェは適度に空いており、周りに話が聞かれることもありません。別に聞かれたとしても、私としてはどうでもよいのですけど、彼女は気にするかもしれないですし。
まずは、私からお礼を言います。
一葉「一昨日はありがとうございました。」
祈「…特に、お礼を言われる覚えはありませんが。」
一葉「一応、私は副幹事長ということになっていますので。」
祈「…そうですか。」
一葉「はい。それに、私、まだ話足りなくて、ぜひとも水沢さんともっとお話したいと思っていたのです。」
祈「…それは、どうも。智樹くんより先に私のところに来てもらえるとは光栄です。」
一葉「いえ、智樹くんとは昨日少しお話しました。パンドラの匣の私の解釈を、智樹くんにはすでに話しています。」
祈「そうですか。」
心なしか、彼女はカチンとしたみたいです。いや、心なしというか、実際にそうなのだと思います。
一葉「それでですね、私の解釈を水沢さんにも聞いてもらいたいのですが、その前に、水沢さんの解釈も聞いておきたいと思いまして。」
祈「それは、随分と強引ですね。」
一葉「そうですね。自覚しています。」
私は静かに微笑みを浮かべます。
祈「………。」
彼女が黙っているので、私は言葉を続けます。
一葉「それで、水沢さんにとって、パンドラの匣の正解はどのような物語になりますか?」
そう言って、彼女の瞳をのぞき込むのです。
祈「私は、ニーチェの解釈は間違っていると思います。」
そう、彼女は言いました。
一葉「なぜでしょうか?」
祈「だって、ニーチェが言っていることは、苦しみの延命のために利用するから、希望が悪しきものとされているということに過ぎません。」
一葉「それが、なぜ間違っているのでしょうか?」
祈「それでは、希望が悪しきものであるのは、単に手段として悪しきものであるに過ぎません。私は、それは違うと考えています。」
一葉「興味深いですね。」
私はうなずいて先をうながします。
祈「希望が悪しきものであるということは、目的としての希望そのものでなければなりません。」
一葉「素敵な考えです。希望そのものが、そもそも悪しきものである、と。」
私たちは見つめ合います。
祈「…そうです。希望そのものが悪である、と。それが私の解釈です。では、上条先輩の解釈の方をお聞かせください。」
そうして、彼女は私を見るのです。いや、見るというより、それは睨むといった方が適切かもしれません。
一葉「分かりました。私のパンドラの匣の解釈をお話します。まず、私の考えでは、箱の中身は悪が詰まっています。そして、本当は、箱に希望など入っていなかった。これが、私の物語の真相です。」
そうして私は、私の物語を語るのです。
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