思想遊戯(8)- パンドラ考(Ⅲ) 峰琢磨の視点

第五項

彼女「ねえ、琢磨くん。」
琢磨「なに?」
彼女「最近、なにか良いことあった?」
琢磨「どうして?」
彼女「大学に入ってからの琢磨くん、少し変わったかなって。」
 俺は驚いて彼女を見る。
琢磨「どうして、そう思うの?」
 彼女は少し首を傾けて応える。
彼女「だって、ちょっと大人っぽくなったし。」
琢磨「そうかな?」
彼女「そうだよ。何かあったの?」
 僕は、最近の出来事を思い出す。確かに、何かあったと言えば、あったなぁ…。
琢磨「まあ、いろいろあったかな。サークルとか作ったし。」
彼女「作った? 入ったのじゃなくて?」
琢磨「そう。作ったんだ。新しいサークル。」
 彼女は、興味深そうに聞いてくる。
彼女「どんなサークルなの?」
琢磨「ええと、“思想遊戯同好会”っていう名前のサークル。堅苦しい名前だけど、実態は適当なテーマを決めて、みんなで好きなように話し合うだけ。」
彼女「それって、おしゃべりしてるだけじゃないの?」
琢磨「まあ、そう言われれば、そうなのかもね。ただ、そのおしゃべりする人たちのレベルが、異常に高いのなんのって…。」
彼女「つまり、すごく難しい話をしているってこと?」
琢磨「そう。だから、テーマによっては、本とか読まないとダメなんだよね。面倒くさいことこの上ない。」
彼女「…ふ~ん。でも、面倒くさいって言っているわりに、なんか楽しそうなんだけどなぁ…。」
琢磨「そう? まあ、そうなのかも。難しい本とか読んで、それについて議論するって、真面目な大学生っぽいでしょ?」
彼女「そうだけど…。でも、なんかさみしいなぁ…。」
 彼女は、本当にさみしそうな顔をする。
琢磨「そんな拗ねないでよ。いいじゃん。サークルで楽しむくらい。」
彼女「でも、それって私とのデートより楽しんでない?」
琢磨「そんなことないって。デートの方が楽しいにきまってるじゃん。友達に誘われて、名前を貸してるだけでもあるし。気が向いたときに、だべっているだけだって。」
彼女「それならいいけど…。」
 そんなことを話しつつ、いつものようにデートを続ける。俺、何か変わったのかなぁ…? 自分では分からないけど、たまに会うこいつには、何か感じるところがあるのかなぁ?
琢磨「なあ?」
彼女「なに?」
琢磨「パンドラの匣って知ってる?」
彼女「パンドラの匣? 名前くらいは聞いたことがあるけど。」
琢磨「どう思う?」
彼女「どうって?」
琢磨「だから、その話を聞いたとき、どんなことを思った。」
彼女「…? 別に何も。」
琢磨「……ふ~ん。」
彼女「え~? 何よ、いったい?」
琢磨「いや、別に…。」
彼女「あれでしょ。匣を開けると、何かよくないものがいっぱい出てきて、あわてて閉めたら希望だけが残ったって話でしょ?」
琢磨「そうだね。」
彼女「それがどうしたの?」
琢磨「どうしたっていうか…。」
彼女「よく分からないよ。」
琢磨「だから、パンドラの匣について、どう思うかってこと…。」
彼女「どうって、素敵な話だなぁ…とか?」
琢磨「まあ、そんなこと。」
彼女「ふ~ん? なんで?」
琢磨「いや、なんでもない。忘れて。」
 俺の心に、不可思議な感情が湧き上がってきた。確かに、パンドラの匣をどう思うか訊かれたって、困るのが普通だろう。だから、俺の彼女は普通なのだ。そのことに安心したと同時に、少しだけ寂しさも感じたのは、きっと変な人たちと変な時間を過ごしたせいだ。
 俺は、寂しさを感じた自分に驚いた。そうじゃない。これは、寂しさを感じるようなことじゃない。俺には、俺なりの日常がある。それは、きっと尊いものだと思う。
 俺は、彼女の手をぎゅっと握り締めた。


※次回は7月下旬公開予定です。
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西部邁

木下元文

木下元文

投稿者プロフィール

1981年生。会社員。
立命館大学 情報システム学専攻(修士課程)卒業。
日本思想とか哲学とか好きです。ジャンルを問わず論じていきます。
ウェブサイト「日本式論(http://nihonshiki.sakura.ne.jp/)」を運営中です。

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