思想遊戯(8)- パンドラ考(Ⅲ) 峰琢磨の視点

第三項

 大学といえば、やっぱりサークル活動だ。大学のサークル勧誘はすごい。とりあえず、興味のあるところを一通りまわってみる。なかには、智樹と一緒に行ったものもある。
 土日なんか、サークル体験に行くのが実に楽しい。飲み食いはおごりで、先輩たちがちやほやしてくれる。もちろん、入る前だけの話で、入ったら別なんだろう。それでも、この短い期間は楽しまないと損だなと思って楽しんだ。いろんなサークルを見てまわると、いろんな人たちと出会う。役に立つ情報もあれば、うわべだけの言葉もある。
 大学生活において、サークル活動はやっぱり重要だ。過去問を手に入れることも重要だし、就職活動で有利に働くことも大きい。今後の人生に、けっこうな影響が出るかもしれない。それでも、なんとなく決めるのが先延ばしになってしまっていた。
 たぶん、智樹も入るサークルを決めていなかったことも影響していたと思う。別に、あいつと同じサークルに入りたいとか、そんなのじゃない。ただ、あいつが余裕をもってすぐには決めないのなら、そういう方法もいいんじゃないかと思っただけだ。
 そんな感じでサークルに入るのを先延ばしにしていたある日、智樹から話を持ちかけられた。
智樹「琢磨。サークル立ち上げたいんだけど、どうしたら良いか知っている?」
 俺は言ってやった。
琢磨「知らんわ!」
 俺は逃げ出した。しかし、回り込まれてしまった。
 普通の大学生は、新入生歓迎会などを通して部活やサークルの勧誘を受け、どこかに入る。だが、まれに自分でサークルを作ろうという物好きがいたりする。そんな物好きとは無縁と思っていたというか、そもそもそんなことを考えてもいなかったので、俺はかなりビックリしてしまったわけ。
 まさか大学入学早々に友達になったやつから、新しくサークルを作ろうと誘われるとは思わなかった。思わなかったのだが、そのような事態に陥ってしまっては、冷静に対処するしかない。バイトでも同じだ。予想もしない変な客が現れても、冷静さを失わず、淡々と対処するしかないのだ。だから俺は、智樹を思いとどまらせようとは考えずに、大学の連合会へサークルの作り方を聞きにいったのだ。我ながら、便利屋としては優秀だと思う。
 まあ、俺が簡単にまとめたものを見てくれ。

(1)5名以上、かつ2学部以上にまたがる構成員がいること。
(2)設立サークル名での活動実績が1年以上あること。
   1年未満の場合は、仮サークルとして登録。
(3)領収書を添付した会計の報告義務。
   領収書については細かい規定がある(がここでは割愛)。
(4)幹事長・副幹事長・会計の登録。学生証要。
(5)連合会の規定の順守。

 こんなところか…。細かいところは割愛しているので悪しからず。で、あとは智樹と打ち合わせだ。
琢磨「サークルの設立のための規約は、こんなところだ。」
 俺は、調べてきた情報を智樹に話す。
智樹「おおっ、すごいな。さすが琢磨だな。頼りになるなぁ。」
 …悪い気はしないな。
琢磨「まず、問題は5名以上のメンバーってところだな。当てはあるのかよ?」
智樹「僕と琢磨と、あと上条一葉さんって人で、まずは3人か…。」
琢磨「ああ、やっぱり俺も頭数に入ってんのな…。」
 予想通りの展開ではあるけどな。
智樹「いいじゃん。入ってくれよ。幽霊部員でもいいからさ。掛け持ちでもいいから。」
琢磨「それって、俺、関係ないじゃん。何? その上条さんとイチャつきたいだけなの?」
 智樹は微妙な間を空けてから、答えた。
智樹「まあ、そうかも。いや、違うかな? 何て言ったらいいか分からないんだけど、イチャつきたいというか、いろいろなことを話し合える場がほしいんだよな。」
琢磨「場?」
智樹「そう、場所。だから、仮サークルでもいいから、大学の空いてる教室とか使えるようになっときたいんだよね。それで、テーマとか決めて、そのテーマに興味のある人が集まって、好きなように話す。そんな場所を作りたいんだ。」
琢磨「ふ~ん、いまいち分かんないけど…。」
智樹「別に、硬いテーマじゃなくてもいいんだ。何だったら、好きな漫画とかテーマにして、その漫画が好きな人が集まって話し合うとかでもいいと思うんだ。」
琢磨「あ~、なるほどねぇ。そんなのなら、まあ、分からなくもないかな?」
智樹「だから、名前貸して。」
琢磨「少し考えさせてよ。」
智樹「何言ってんの。ここまでしてくれてんじゃん。僕に付き合ったら、こんな風になるんだよ。観念しなよ。」
琢磨「え~。」
智樹「はい。決定。じゃあ、次は、書類ね。」
琢磨「マジかよ…。」
智樹「マジです。」
琢磨「じゃあ、書類も書くけどさぁ。まずはサークル名を決めてよ。」
智樹「サークル名?」
琢磨「そう。登録するのにも必要だし。」
智樹「そうだなぁ…、琢磨は、何か良いアイディアある?」
琢磨「俺に聞くなよ…。そうだなぁ…、“何でも議論研究会”とか?」
智樹「う~ん、それも微妙だなぁ…。でも、確かに何でも議論のテーマにできるってのは、アピールポイントだよなぁ…。」
琢磨「まあ、アピールっていうか、好きな名前にすればいいんじゃねぇの?」
智樹「まあ、名前は何でも良いんで、無難に“思想・哲学同好会”かな。いや、思想で遊ぶってことで、“思想遊戯同好会”って名前でいこう。テーマは何でもありで、みんなが集まっていろいろと話し合って遊ぶような同好会って感じで。」
琢磨「自分で決められるなら、俺のアイディアとか聞くなよ・・・。ええと、“思想遊戯同好会”と。」
 俺は、サークル申請書類のサークル名の項目を埋める。他の項目についても、一つずつ二人で考えながら書き込んでいく。なぜに俺はここまでやっているのだろう。俺は、そんなにお人よしじゃなかったはずなんだけどなぁ…。
琢磨「で、智樹。」
智樹「何だよ?」
琢磨「あと二人ほどメンバーが足りないんだけど?」
智樹「……琢磨、誰か心当たりない?」
「さすがに、そこまで面倒見きれないわ。細かい手続きとか進めとくから、さっさと残り二名のメンバーを集めてこいよ。」

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