『夢幻典』[陸式] 縁起論

「夢幻典」特集ページ

 世界は苦しみに満ちている。
 その認識に至っている者がここに居る。
 その認識に至っていない者は、ここから去れ。

 この認識に至らずして、ここに居る意味はなし。

 世界には、苦しみが満ちている。
 その苦しみには、苦しむための原因がある。
 例えば、煩悩が措定されるだろう。
 煩悩は、識別作用に縁って起こると考えられるであろう。
 それゆえ、識別作用の操作が要請される。
 それゆえ、その操作のために、煩悩の滅却が説かれるであろう。
 そこに安らぎがあるとされて。

 すべては移り変わる。
 ものごとは縁によって起こる。
 何かの縁によって、何かが起こる。
 だから、そのつながりを思え。
 そこに思いをいたすのだ。

 時間により、すべては移り変わる。
 すべては、他との関わりとして存在する。

 これ在れば、かれ在り。
 これ無ければ、かれ無し。
 これ生ずれば、かれ生ず。
 これ滅すれば、かれ滅す。

 すべては、そのものだけで存在するのではない。
 何かは、他の何かによって存在する。
 何かあるものは、他との相対性において存在する。
 ゆえに、絶対者は排除される。

 過去は過ぎ去り、未来は来たらず、現在は留まらず。
 生まれ得ないものは、死に得ない。
 だから、因果もない。

 心は存在しない。
 観察によって、心は補足できないのだから。
 だから、飛躍を拒むことによって、心は存在しなくなる。
 存在しないと見なしえることになる。
 そうすることによって、救われる何かがあるだろう。

 煩悩が在るのでは無い。
 煩悩が無い。
 そして、煩悩が無いということで在るのでも無い。
 その、無い、無い、という否定が続くことでも無い。
 それらの、どれでも無いのだ。

 その、どれでも無い、という地点に至ることによって、
 一つの目的が達せられるのだ。
 だから、そう言った構造があるのであり、
 その構造を見据えた上での、利用があるのだ。
 だから、その構造の利用という構造の認識もあり、
 それによって、より高次の利用が考えられることになるのだ。

 極端を離れて、至るべき場所があるだろう。
 知識によって欲望を制し、目指すべき場所があるだろう。

 ある構造のその構造の循環構造において、
 その認識の連鎖において、
 連環理が示される。

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西部邁

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