漫画思想【02】嘘とまっすぐ ―『うしおととら』―

さとり「なァ・・・おまえ・・・ミノルは・・・目ェ・・・よくなる・・・かな?」
潮「・・・・・・ああ・・・」
さとり「そしたらよ・・・・・・オレを見てよ・・・お父さん・・・なんて・・・いって・・・くれるかなァ?」
潮「あったりまえだろ!」
さとり「えへへ・・・おめえ・・・やさしいなァ。ミノルみたいだよ・・・」

 言うのも野暮ですが、ここで潮は、嘘をついたのです。それに対してさとりは、「ミノルみたい」だと言ったのです。ここに妙味があります。ここには、繊細な心の機微があるのです。
 だからその嘘は「ミノルみたい」だからこそ、ミノルと同じ嘘でありながら、やはりミノルとは違う嘘でもあるのです。そのため、その絶妙な嘘のあり方の違いのために、ここで潮はミノルよりも大人になったと言えるのです。
 なぜなら、優しい嘘がつけること、それは、大人であるための最低限の条件だからです。

 公園での待ち合わせで、幼なじみの少女がやってきたとき、潮はブランコをこいでいました。勢いよくブランコから飛び降り、潮は少女へ、嘘をついてしまったことを告げるのです。潮は笑います。自分が嘘をついてしまったのだと。
 その後、彼は少女へ寄りかかり、泣き始めます。そんな潮に少女は驚きますが、顔をグチャグチャにして泣き続ける潮を黙って見つめ、潮の頭へ手をそっと置くのです。
 ここには、少年や少女が大人になるということが、どういうことなのかがしっかりと示されています。

裏切りの刻

 さて、三つ目のエピソードは第四十七章「混沌の海へ」です。
 ここで登場するのは、「秋葉 流(あきば ながれ)」という人物です。ナガレは、対妖怪集団の中でもずば抜けた能力を持った法力僧であり、柔軟な思考と強靱な肉体を有する天才です。ナガレは、潮たちと何度か共闘し、潮の良き兄貴分ともいうべき存在でした。しかし、最後の敵との決戦において、彼は潮を裏切って敵側に付くのです。
 彼は幼いころから、まわりの人たちとは違って何でもできてしまいました。他人が努力しても、いつも自分が勝ってしまうのです。そのため周囲の反感を受け、才能を発揮することで孤立していきます。そんな彼は、一つの結論を出します。それは、本気を出してはいけないということです。それは、恐ろしいことです。なぜなら、本気を出さないということは、努力も達成感も悔しさも嬉しさもないということだからです。彼は、自分は人生を楽しんではいけないとまで言うのです。
 そんな彼ですが、潮に出会い、とらに出会ったのです。かつて彼がとらと戦ったときは、本気を出して敗れています。そこから彼はとらに執着し、敵側に付いてまでとらとの真剣勝負を望むようになります。
 彼は、とらへ告げます。潮のあの甘ちゃんの目が、どんな時でも自分を信じ切っている目がうっとうしいのだと。自分の正体を知ろうともしない、表面だけのコトバに騙されているアホウなのだと。だから、とらを殺して、自分が最悪の裏切り者だと気づかせてやるのだと。
 それに対し、とらは、ナガレは潮の目に耐えられなかっただけだと指摘するのです。潮が見ているように、自分はそんなイイヤツではないのだから・・・。

ナガレ「怖がる・・・・・・オレがうしおを怖がってるだと・・・・・・・・・違うぜ・・・オレはうしおに本当のオレをバラしてやりてえのよ・・・とら・・・おまえをぶっ殺してなァ。」
とら「そうかよ、わしにゃ聞こえるぜえ。おまえの中から声がな。うしおォ、おまえの目が、重荷なんだよォってな。うしおが本当のおめえをしらねえのが・・・天才でもつれーかよ!」
ナガレ「天才じゃねえええ! オレは天才なんかじゃねええ。」

 戦いが終わり、ナガレは語ります。潮ととらと出会い、本気になり、本気すぎて、潮の目をまともに見られなくなったのだと。潮みたいな人間がいることが、こんな世の中で潮みたいな人間がいたことが、彼には耐えられなかったのです。
 彼の存在は、第十七章のヤクザ者の徳野とは対照的です。まっすぐな目は、ある時はねじ曲がった人生をまっすぐにしました。そして、ある時は人を耐えられなくしてしまったのです。
 このナガレという人物の裏切りは、人によって印象が違うと思われます。ある人にとっては、かなり唐突な展開であり、その心情も含めて理解不可能なのかもしれません。ですが、ある種の人にとっては、主人公である潮よりも共感してしまうのかもしれません。このナガレという登場人物を描き切ったところに、この作品が類い希な傑作になった理由の一つがあるのです。


※次稿「漫画思想【03】彼の戦う理由 ―『からくりサーカス』―」はコチラ
※本連載の一覧はコチラをご覧ください。

固定ページ:
1

2

西部邁

木下元文

木下元文

投稿者プロフィール

1981年生。会社員。
立命館大学 情報システム学専攻(修士課程)卒業。
日本思想とか哲学とか好きです。ジャンルを問わず論じていきます。
ウェブサイト「日本式論(http://nihonshiki.sakura.ne.jp/)」を運営中です。

【ASREAD連載シリーズ】
思想遊戯
近代を超克する
聖魔書
漫画思想
ナショナリズム論

Facebook(https://www.facebook.com/profile.php?id=100007624512363)
Twitter(https://twitter.com/moto_nihonshiki)

ご連絡は↓まで。
nihonshiki@nihonshiki.sakura.ne.jp

この著者の最新の記事

関連記事

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

  1. 2015-4-24

    近代を超克する(1)「近代の超克」の問題意識を受け継ぐ

     思想というものを考えていく上で、現代においては西欧からの影響を無視することはほとんど不可能…

おすすめ記事

  1. SPECIAL TRAILERS 佐藤健志氏の新刊『愛国のパラドックス 「右か左か」の時代は…
  2. ※この記事は月刊WiLL 2015年4月号に掲載されています。他の記事も読むにはコチラ 「発信…
  3. SPECIAL TRAILERS 佐藤健志氏の新刊『愛国のパラドックス 「右か左か」の時代は…
  4. ※この記事は月刊WiLL 2016年1月号に掲載されています。他の記事も読むにはコチラ 「鬼女…
  5. ※この記事は月刊WiLL 2015年6月号に掲載されています。他の記事も読むにはコチラ 女性が…
WordPressテーマ「CORE (tcd027)」

WordPressテーマ「INNOVATE HACK (tcd025)」

LogoMarche

ButtonMarche

イケてるシゴト!?

TCDテーマ一覧

ページ上部へ戻る