漫画思想【02】嘘とまっすぐ ―『うしおととら』―
- 2016/5/13
- 思想, 文化
- feature6, 漫画思想
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さとり「なァ・・・おまえ・・・ミノルは・・・目ェ・・・よくなる・・・かな?」
潮「・・・・・・ああ・・・」
さとり「そしたらよ・・・・・・オレを見てよ・・・お父さん・・・なんて・・・いって・・・くれるかなァ?」
潮「あったりまえだろ!」
さとり「えへへ・・・おめえ・・・やさしいなァ。ミノルみたいだよ・・・」
言うのも野暮ですが、ここで潮は、嘘をついたのです。それに対してさとりは、「ミノルみたい」だと言ったのです。ここに妙味があります。ここには、繊細な心の機微があるのです。
だからその嘘は「ミノルみたい」だからこそ、ミノルと同じ嘘でありながら、やはりミノルとは違う嘘でもあるのです。そのため、その絶妙な嘘のあり方の違いのために、ここで潮はミノルよりも大人になったと言えるのです。
なぜなら、優しい嘘がつけること、それは、大人であるための最低限の条件だからです。
公園での待ち合わせで、幼なじみの少女がやってきたとき、潮はブランコをこいでいました。勢いよくブランコから飛び降り、潮は少女へ、嘘をついてしまったことを告げるのです。潮は笑います。自分が嘘をついてしまったのだと。
その後、彼は少女へ寄りかかり、泣き始めます。そんな潮に少女は驚きますが、顔をグチャグチャにして泣き続ける潮を黙って見つめ、潮の頭へ手をそっと置くのです。
ここには、少年や少女が大人になるということが、どういうことなのかがしっかりと示されています。
裏切りの刻
さて、三つ目のエピソードは第四十七章「混沌の海へ」です。
ここで登場するのは、「秋葉 流(あきば ながれ)」という人物です。ナガレは、対妖怪集団の中でもずば抜けた能力を持った法力僧であり、柔軟な思考と強靱な肉体を有する天才です。ナガレは、潮たちと何度か共闘し、潮の良き兄貴分ともいうべき存在でした。しかし、最後の敵との決戦において、彼は潮を裏切って敵側に付くのです。
彼は幼いころから、まわりの人たちとは違って何でもできてしまいました。他人が努力しても、いつも自分が勝ってしまうのです。そのため周囲の反感を受け、才能を発揮することで孤立していきます。そんな彼は、一つの結論を出します。それは、本気を出してはいけないということです。それは、恐ろしいことです。なぜなら、本気を出さないということは、努力も達成感も悔しさも嬉しさもないということだからです。彼は、自分は人生を楽しんではいけないとまで言うのです。
そんな彼ですが、潮に出会い、とらに出会ったのです。かつて彼がとらと戦ったときは、本気を出して敗れています。そこから彼はとらに執着し、敵側に付いてまでとらとの真剣勝負を望むようになります。
彼は、とらへ告げます。潮のあの甘ちゃんの目が、どんな時でも自分を信じ切っている目がうっとうしいのだと。自分の正体を知ろうともしない、表面だけのコトバに騙されているアホウなのだと。だから、とらを殺して、自分が最悪の裏切り者だと気づかせてやるのだと。
それに対し、とらは、ナガレは潮の目に耐えられなかっただけだと指摘するのです。潮が見ているように、自分はそんなイイヤツではないのだから・・・。
ナガレ「怖がる・・・・・・オレがうしおを怖がってるだと・・・・・・・・・違うぜ・・・オレはうしおに本当のオレをバラしてやりてえのよ・・・とら・・・おまえをぶっ殺してなァ。」
とら「そうかよ、わしにゃ聞こえるぜえ。おまえの中から声がな。うしおォ、おまえの目が、重荷なんだよォってな。うしおが本当のおめえをしらねえのが・・・天才でもつれーかよ!」
ナガレ「天才じゃねえええ! オレは天才なんかじゃねええ。」
戦いが終わり、ナガレは語ります。潮ととらと出会い、本気になり、本気すぎて、潮の目をまともに見られなくなったのだと。潮みたいな人間がいることが、こんな世の中で潮みたいな人間がいたことが、彼には耐えられなかったのです。
彼の存在は、第十七章のヤクザ者の徳野とは対照的です。まっすぐな目は、ある時はねじ曲がった人生をまっすぐにしました。そして、ある時は人を耐えられなくしてしまったのです。
このナガレという人物の裏切りは、人によって印象が違うと思われます。ある人にとっては、かなり唐突な展開であり、その心情も含めて理解不可能なのかもしれません。ですが、ある種の人にとっては、主人公である潮よりも共感してしまうのかもしれません。このナガレという登場人物を描き切ったところに、この作品が類い希な傑作になった理由の一つがあるのです。
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