英語、英語と騒ぐな文科省

予算、教師の経験、教育現場の時間的余裕、どこから見ても無理がある

 文科省は、小学校中学年から週1、2コマ、高学年から3コマなどとぶち上げていますが、これは当然他の科目の時間数を犠牲にするわけですよね。何を削るのですか。まさか国語じゃないでしょうね。計画では、日本人のアイデンティティ教育を強化するなどと慌てて付け足していますが、あれもこれもできるわけがないでしょう。
 それに、教師をどうやって確保するのですか。教育学部の小学校教職課程には、英語教師になるためのカリキュラムはありませんから、制度を根本的に変えない限り無理ですね。もちろんこの計画書に書かれているように、ALT(外国人教師)を雇ったり、外部から専門教師を招いたり、担任教諭に研修を受けさせたりすることは不可能ではないでしょう。しかし、これをおざなりでなく、全国規模で本格的に徹底させるには、第一に膨大な予算を覚悟しなければならないし、ただでさえたいへんな多忙に追われているいまの小学校教師にさらに大きな負担を強いることになるでしょう。日本の文教予算は極めてお粗末なのに、多額の予算を獲得できる見通しがあるのか。
 ちなみに、少し古いですが、以下の資料によれば、「小学校で英語教育を必修とすべきか」という質問に対して、教員のうち36.6%が「そう思う」、54.1%が「そう思わない」と答えています。

中教審外国語専門部会(2004年)
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/015/gijiroku/05032201/004.htm

 また別の資料では、「英語を4年生以下で必修化することについて」という問いには、教務主任のうち37.8%が賛成、56.3%が反対となっており、「小学校で英語を教科として扱うことについて」という問いでは、27.2%が賛成、66.6%が反対となっています。

ベネッセ教育総合研究所(2010年)第2回小学校英語に関する基本調査(教員調査)・ダイジェスト版
http://berd.benesse.jp/berd/center/open/report/syo_eigo/2010_dai/dai_17.html

 いずれも現場の声として妥当な数字と思います。文科省はこれを無視しているのですね。
 おまけに何ですって? 中学校の英語授業を英語でするんですって? 少し前から高校でもそうする建前になっていますが、実態はどうかといえば、高校教師の知人に聞いてみたところ、ほとんど行われていないそうです。日本語で基礎文法を理解させるのにさえ並大抵の苦労ではないのに、日本語も正しく使えない多くの生徒を前にして、そんなことできるわけがないでしょう。
 いえ、ことは中高に限りません。いくつかの有力大学の国際関係学部では、かなり前から「英語で講義」と謳っていますが、これも知人に聞いたところ、実際はほとんどやってないそうです。だいたい、帰国子女や留学生だけならともかく、日本の環境で日本の学生相手に英語で、なんて白々しくってね。
 そう言えば、いつかNHKのラジオ番組で、何とか大の何とか教授が、例のアジア諸国のケースを熱っぽく持ち出しながら「私の授業はすべて英語でやっています」と得意げに語っていました。こういうのを、跳ね上がりのウルトラ・グローバリストと言います。グローバリズムとはもともとアメリカが自国の国益のために発信しているイデオロギーなので、この人は、属国根性丸出しとも言えます。

 まとめましょう。
 グローバル化対応の文科省の計画は、あらゆる意味で無理があり、絵に描いた餅にほかなりません。つまり、

①日本人の英語不得意は当然
②普通の子どもに必要ない
③現場を知らなくて非現実的
④アメリカに媚びなくてよい
⑤予算の見通しが立たない
⑥先生や生徒を苦しめる

 
 以上です。最後に、文部官僚が考えたこの政策は、次の2点において、TPP参加や移民政策と共通の悪弊をさらしていることを強調しておきます。
いったん決めたことは、なぜそれがよいことなのかの検討、反省、見直しもしないまま、ともかく突っ走ろうとする。
国際社会(特にアメリカ)に向かって国を大股開きすることは、国益を無視しても、ともかくよいことだ。

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西部邁

小浜逸郎

小浜逸郎

投稿者プロフィール

1947年横浜市生まれ。批評家、国士舘大学客員教授。思想、哲学など幅広く批評活動を展開。著書に『新訳・歎異抄』(PHP研究所)『日本の七大思想家』(幻冬舎)他。ジャズが好きです。

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