トランプ現象の意味するもの

 米大統領選挙では、トランプ氏が共和党の正式候補に決まり、民主党では予定通りクリントン氏が確定しました。11月の本戦では、両者の一騎打ちということになったわけですが、この間の予備選挙期間を通じて際立ったのは、なんといってもトランプ現象でしょう。それに加えてクリントン氏の対抗馬であり社会民主主義者のサンダース氏の大健闘ぶりも見逃せません。

 わが国でははじめ、トランプ氏の数々のいわゆる「暴言」を対岸の火事のように考える向きが多かったようです。しかし、正式候補と認められるや、もし彼が本当に大統領になったら核保有までも含めた自主防衛を強いられることになりそうなので、にわかにうろたえる雰囲気が出てきました。自主防衛の覚悟と準備はできているのかといった論調が目立ちます。

 もちろんこういうシミュレーションは大事ですが、ここでは少し日本への影響という視点を離れて、このたびの大統領選が持つ意味を、アメリカの内政問題として考えてみましょう。

 まずトランプ氏の「暴言」は、初めからけっして暴言ではなく、アメリカの国内事情を考えるかぎり、多くの米国民の本音を代表するものです。

 たとえばメキシコからの不法移民の大量の流入に対して「万里の長城を築く」と言ったのは、実際にそう言っておかしくないほど国境を接する州での治安の乱れがひどく、麻薬の売買や強盗の頻発は半端ではないようです。しかも侵入する新たなヒスパニックは、ホワイトをターゲットにするよりも、むしろすでに米国籍を持っているヒスパニックに狙いを定めているそうです。ですからトランプ氏は、プア・ホワイトに支持されているだけではなく、在米ヒスパニックにも支持されています。

 またイスラム教徒に対する非寛容な態度も、人種差別撤廃という理想からすれば、一見忌むべき排他主義のように感じられます。しかし、ISに共感したホームグロウンによる相次ぐテロ事件などの実態が米国民にもたらしている衝撃のことを考えれば、その発言の出どころには十分な根拠があると言えます。もちろん、民族や宗教に対して一括して非寛容な態度を取るのは、理性的とは言えませんが。

 しかしテロは戦争の一種であって、戦争がそうであるように、テロ遂行者を道徳的に非難すれば片づく問題ではありません。少なくとも、ヨーロッパ(特にドイツやフランス)のように、域内にイスラム教徒との深刻な摩擦を抱えながら明確な解決策も打ち出せないままにきれいごとを言い続ける欺瞞性に比べれば、トランプ氏の主張は、ずっと正直だとも言えます。

 さらに韓国や日本に対して安全保障上の対等な関係を求め、同盟関係の見直しを迫る発言にしても、損得勘定を最も重んじるビジネスマン的な感覚からすれば、ごく自然なものと言ってよいでしょう。トランプ氏はたしかに国家運営を企業経営と混同しているきらいがあります。それにしても、彼の発言は、「アメリカは世界の警察官ではない」というオバマ大統領の発言を現実面で受け継ごうとしているという見方も成り立つわけです。

 アメリカは、覇権後退を自ら認め、シェールガス革命のおかげで、もはや中東の石油にも必要性を感じなくなりました。好戦的である理由が消滅したのです。人的資源や物的資源の浪費をできるだけ避けようとするのは当然です。トランプ発言は、内政問題を重視するモンロー主義に引きこもろうとしている現在のアメリカ全体のムードをよく象徴しています。

 以上のように、トランプ旋風には、それなりの必然性があるのです。

 さて一方、社会民主主義者のサンダース氏は、アメリカ国内の超格差の実態、ごく一部の富裕層に富が集中し、中間層が貧困化して一般国民に医療や福祉がほとんど行き渡らない社会構造そのものを問題にしています。これは株主資本主義や金融資本主義を野放しにしてきたアメリカの経済政策の根幹に触れる問題であって、きわめてまっとうな主張と言えましょう(日本もアメリカの規制改革要求を受け入れていく限り。その二の舞になることは目にみえています)。

 トランプ氏が現在のアメリカが抱える政治面(心理面)を突き、サンダース氏が同じくその経済面(生活面)を突いていると考えれば、両者は、同じ現実を違った仕方で告発しているだけのことで、そのねらい目には大きな共通点があるのです。これを、右左の両極端は相接するなどという聞いた風なレトリックで言い括ってみても、両者の人気が表している本当の意味を押し隠すだけで、ただ空しいばかりです。

 本当の意味とは何か。

 リベラルな姿勢を尊重しながらも、どちらかといえば人権や平等の実現のために政府の法的関与を重んじる民主党と、何よりも自由競争の精神を尊び、小さな政府と自己責任を理念とする共和党。この二極構造がバランスを保つことによって支えられてきたアメリカン・スピリッツの伝統が、いま音をたてて崩壊しようとしているのです。

 その理由は、言うまでもなく、ウォール街を中心とした金融資本主義の極度の発展にあります。そのイデオロギー的核心は、グローバリズムを率先して推進してきた新自由主義です。このアメリカン・グローバリズムは、国際的に大きな悪影響を与えてきただけでなく、いまアメリカ国民経済という足元に火をつけつつあります。結果として、「1%対99%」問題に憤りを表明することを通して、大多数のアメリカ国民が既成の二極構造にノンを突き付けました。それが、トランプ=サンダース現象の本質なのです。

 新自由主義をあからさまに支持しているのは、表向きは共和党ですが、それがもたらした超格差社会の現状に対して、民主党も何ら有効な解決策を打ち出すことができませんでした。リーマンショックを受けて立ったオバマ大統領も、福祉政策の目玉であったオバマケアを骨抜きにされてしまいました。レイムダックと化したオバマ氏は、今やあまり実効性のない理想主義を吹いて回り、自分の政策をかろうじて受け継いでくれそうな経験豊かな実力者・クリントン氏を仕方なく応援しているといった按配です。

 今回の大統領選は、最終的には国民の保守感情が勝って、クリントン氏に落ち着くのかもしれません。しかしそれは大した問題ではありません。最近の意識調査によって、クリントン氏とトランプ氏は、歴代大統領選挙を通じて最も人気のない候補であるという結果が明るみに出ました。この事実は、アメリカにとって歴史的に大きな意味を持つでしょう。いまや民主・共和の二大政党制は、根本的な変革を迫られています。

 アメリカはどこへ行くのか。答えは容易には見つかりませんが、たしかなことは、金融資本の過度に自由な移動と富の極端な遍在に何らかの規制を強力にかけるのでなければ、アメリカを中心とした資本主義体制の未来はない、ということです。

西部邁

小浜逸郎

小浜逸郎

投稿者プロフィール

1947年横浜市生まれ。批評家、国士舘大学客員教授。思想、哲学など幅広く批評活動を展開。著書に『新訳・歎異抄』(PHP研究所)『日本の七大思想家』(幻冬舎)他。ジャズが好きです。

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