金融緩和に偏重した政策では、問題解決につながらない
では、イングランド銀行のペーパーでも述べられている「量的緩和による資金調達コスト低下効果」はどうでしょうか。これとても緊縮財政の下では効果に乏しいことは、長期金利が歴史的な低水準で推移してきたにもかかわらず経済成長がほぼストップしている、日本の失われた20年が実証済みです(図6参照)。
なお、英国や米国の直近の経済運営が必ずしもうまくいっていないことも、やはり財政が緊縮モードにあることが影響していると考えられます。
【図6:日本の各種マクロ経済指標の推移(1970年~)】
もう1つ、「大規模金融緩和による円安効果」はどうでしょうか。実はこちらについても、1990年代後半以降の実質的な円安トレンドが純輸出の改善にはつながっていない、というのが現実の姿なのです(図7参照)。
【図7:為替レートと貿易関連指標の推移】
これには、リーマンショック以降の海外需要低迷や原発停止による化石燃料輸入コストの増大といった直近の要因ももちろん影響しています。また、21世紀以降の原油価格の上昇も影響しているでしょう(それら自身がすでに、「円安が逆効果」という議論の裏付けになる訳ですが)。
しかしながら、円安が逆効果になっていることの原因は、実はそれらの要因にとどまらないと考えられます。モノの輸出入だけを対象にした貿易統計をベースにより詳しく掘り下げてみると(図7の名目純輸出は、サービスの輸出入を含むGDP統計から作成しています)、それ以前から実質実効為替レートと相対輸入価格(図8の「輸入価格÷輸出価格」)の連動性が薄れると共に、円安時における相対輸出数量(図8の「輸出数量÷輸入数量」)の増加効果が相対輸入価格の上昇効果に比べて徐々に発揮されにくくなってきていたことが伺えます(後者については、教科書的な説明とは多少異なるものの、経済学で言うところの「マーシャル=ラーナー条件が成り立ちにくくなってきていた」と同義です)。
【図8:為替レートと貿易関連指標の推移(1970年~)】
この原因について、筆者自身も現時点では断言できませんが、根本要因としての「緊縮財政に起因する名目ゼロ成長がもたらした、企業の国内投資意欲低迷」は無視できないと思われます。つまり、投資低迷が生産性の停滞、すなわち原材料コストの高止まり(相対的な輸入コスト上昇に直結)と生産力の伸び悩み(相対的な輸出数量伸び悩みに直結)の双方を招き、徐々に純輸出を低下させている、という構図です。
さらに言えば、投資意欲低迷の一部として起こった電力会社の原発向け投資の急減が原発の安全性を低下させ、東日本大震災以前からの原発稼働率低迷、ひいては件の原発事故を招くことによって、原油価格上昇とは別に、現在に至る化石燃料輸入コスト増大の引き金を引いたとも考えられます(詳細は拙稿「緊縮財政が原発事故の原因か?」参照)。
こうしてみると、「諸悪の根源は緊縮財政であり、1990年代後半以降の金融緩和に偏った経済政策が、純輸出のみならず日本経済全体の低迷をもたらしている」と言ってもあながち的外れではないでしょう。それにもかかわらず、現政権の経済政策すなわちアベノミクスは、より一層金融緩和への偏重を進めているのが現実です。
財政政策を主導とした適切なマクロ経済政策の実現に向けて、まずはリフレ派の日銀批判に代表される誤った理論的前提から脱却し、正しい事実認識に立ち戻ることが望まれます。
↓今回のプレゼン資料をまとめたものです。
「日銀理論」を取り戻そう.pdf
(参考文献)
岩田規久男「金融政策の経済学」(日本経済新聞社、1993年)
岩田規久男「日本銀行デフレの番人」(日本経済新聞出版社、2012年)
翁邦雄「金融政策 中央銀行の視点と選択」(東洋経済新報社、1993年)
Michael McLeay, Amar Radia and Ryland Thomas: “Money creation in the modern economy” Quarterly Bulletin
コメント
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貴重な論考をお示しいただき勉強になりました。
リフレ派の推進するインフレターゲット論の限界(というより、能力を発揮すべき領域)は、「量的緩和政策は資金調達コストの低下が目的で、マネタリーベース拡大を狙ったものではない」という点に全て凝縮されていますね。
彼らは、「調達コストの低下」がもたらす『期待』を過大に評価あるいは、誇大に喧伝し過ぎでしょう。
日銀の国債直接引受け政策ならともかく、現状のように、財政支出の蛇口を固く締めたまま、既発債の名義を日銀に移動させるだけの緩和政策では、マクロ経済を成長させる迫力を著しく欠くことになりますね。
(それでも、政府の実質的借金を減らす程度の効果はあるでしょうが・・・)