乗数効果低下論は主流派経済学の錯覚 ー 失われた20年の正体(その16)

shimakura

こんにちは、島倉原です。
財政出動が経済成長をもたらす根拠となる乗数効果について取り上げてきましたが、経済学者の間では、乗数効果の存在は認めつつも、「1990年代以降、乗数効果は低下している(従って、財政出動してもあまり意味がない)」という議論が多いようです。
今回は景気循環論の観点から、こうした議論が「主流派経済学の非現実的な議論に基づく錯覚」であることを論じてみたいと思います。

主流派経済学の分析手法であるVARモデル

例えば、リフレ派の経済学者・エコノミストの方々の共著「リフレが日本経済を復活させる」第6章では、飯田泰之氏(明治大学政治経済学部准教授)がこのテーマを取り上げています。飯田氏は、1990年代以降時を追うにつれて財政政策の有効性が低下していることを分析したものとして、自らの共著論文の概略を紹介しています。
そこでは、「1980~1991年」「1980~1996年」「1992~2006年」「1997~2006年」の4つの期間をサンプルとして、実質民間消費、実質民間投資、実質政府支出、インフレ率、金融政策変数(コールレートまたはマネーストック)の5変数を用いたVARモデル(ベクトル自己相関モデル)に基づいた分析を行っています。
以下は、その結論部分を引用したものです。

80年代を主な対象にした政府支出の変化についての2つの推計では、2年(8期)以上にわたって政府支出は民間消費をプラスに引き上げている。民間投資に関しても類似の傾向が見られる。80年代から90年代初頭までは消費同様に政府支出が民間投資を誘発していたと考えられる。消費・投資へのポジティブな影響が見られる場合、財政乗数は1を超え、財政政策は有効であるといえる。
 しかし、80年代を含まないデータで同様の分析を行うと状況は一変する。政府支出の拡大は消費を減少させている。投資に関しては90年代中葉までのデータによる推計の時点でこのような影響方向の逆転が始まっていることが見て取れよう。政府支出乗数は1を下回り、経済環境を悪化させている可能性さえ考えられる。
 政府支出を増加させても、それによる金利上昇が民間投資の減少を招くならば政府支出は1を下回る。また、供給能力に限界がある場合には政府活動の拡大はそれに等しい民間活動の減少によってしか可能にならない。これらは政府支出のクラウディング・アウト(掃出し)効果と言われる。
 このように、かつてはマクロ経済政策の花形であった財政政策の有効性は近年低下している。(「リフレが日本経済を復活させる」184ページ)

なお、VARモデルを要約すると、

「分析対象となる複数の項目について、各々の過去データを説明変数とする数式を作って回帰分析を行い、出てきた係数をもとに各項目間の関連性を推定する」

というものです。
例えば、ある海におけるサンマの来遊量とプランクトン量の関係を調べるため、

当年のサンマ来遊量=前年のサンマ来遊量×係数A+前年のプランクトン量×係数B+切片C
当年のプランクトン量=前年のサンマ来遊量×係数D+前年のプランクトン量×係数E+切片F

という2つの数式を作り、A~Fを算出することによって、サンマの来遊量がプランクトン量にどのような影響を及ぼすか(プラスの影響にせよマイナスの影響にせよ、係数の絶対値が大きいほど影響度も大きい)、あるいはその逆はどうかを推定しようというものです。

(参考サイト)

当然ながら、分析対象とする項目をどれとどれにするか(例:サンマを食べる別の魚の量を付加)、対象項目をどのような形で用いるか(例:原データそのままではなく、対数値や前年比を用いて回帰分析する)、あるいは数式を作る際に使う過去データをどこまでさかのぼるか(例:前年だけではなく、2年前や3年前のデータも使う)については正解がある訳ではありません。今回の乗数効果を巡る論文にしても著者によって手法は様々で、出てきた結果も当然異なります。
しかしながら、どのように数式を組み立てるにせよ、

「説明変数が目的変数にプラスの影響を与えるのであれば、説明変数が増加した時には目的変数も原則増加する(逆にマイナスの影響を与えるのであれば、目的変数は減少する)」

という具合に、変数間に単調増加(上記カッコ内の場合は単調減少)の関係が原則成り立っていることが、この分析方法が妥当であることの大前提となります。
ここで、主流派経済学の基本的な枠組み(世界観)は、

「外的なかく乱要因である政策の変更が無ければ、経済は均衡状態を保ち続ける」

というものです。したがって、VARモデルを用いて「財政や金融などの政策変数が変更された時に、経済はどちらの方向にどれだけ軌道がずれたか」を測定し、「VARモデルで算出される係数=当該政策によるかく乱効果の大きさの指標」と見なすことは、主流派経済学者にとっては合理的な判断ということになります。
こうした背景の下、特に「1990年代前半に行われた公共事業中心の経済対策の効果を検証する」という観点から、VARモデルを用いて財政政策の効果をバブル崩壊以前と以後とで比較する、という論文が2000年前後に数多く執筆されました。その多くの結論が「1990年代以降、財政政策の効果(乗数効果)は低下している」というものであったことは、既述の通りであり(下記はその一例です)、そうした議論もまた、いわゆる公共事業無効論や悪玉論を後押ししてきたと考えられます。

井堀利宏他著「90年代の財政運営:評価と課題

→ 次ページ:「内生的景気循環のもとでは効果を発揮しないVARモデル」を読む

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西部邁

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コメント

    • sho
    • 2014年 5月 10日

    はじめまして

    とても面白い結果ですね
    興味深い結果ですが、表1のデータはどのようなモデル、パラメータのシミュレーションから生み出されたものですか?
    再現してみたいと思います

    急な質問で恐縮ですが、どうぞよろしくお願いいたします

    • コメントありがとうございます。
      今回の論稿は、「内生的景気循環が存在する現実の経済を分析するには、主流派の方法では構造的な問題がある」ことを、学問的にではなくできるだけ直観的に伝える目的で書いてみました。
      そんな訳で、表1のデータも裏側に数式モデルが存在する訳ではありません。その点はご了解ください。
      内生的景気循環モデルのシンプルな例としては、ご存知かもしれませんが、ポール・サミュエルソンが1939年に考案した「乗数=加速度モデル」が存在します(下記URL参照)。

      http://people.bu.edu/rking/SZGcourse/samrestat39.pdf

        • sho
        • 2014年 5月 13日

        ありがとうございます
        しかしながら、裏に構造モデルが存在しないデータを回帰して、なんの意味があるのでしょうか。
        いったい、これのどこがVARの批判になるのでしょうか
        真のモデルから出てきたデータをVARで回帰して、
        真のモデルのインパルスとVARのインパルスが違うというなら、まだ分かります。

        さらに、VARを批判するといった手前、技術的に厳密に行って結果を検証するのが筋でしょう。
        理科の実験でも、ちゃらんぽらんにやって、結果がよくないとかと報告したら、学校の先生はあきれるでしょう。

        VARの批判をするなら、ちゃんと手順を踏むべきです

    • zas
    • 2014年 5月 10日

    この記事は完全に技術レベルで間違い。

    まずやっているのは誘導形のVARだが、このようなものからは財政支出を一単位増やしたときにGDPがどの程度増えるかといった乗数は求まらない。実際、各種実証でもそのようなことはやっていない。
    さらに、数値例のような(そして実際の経済変数も)単位根がある過程ではそのままVARに掛けてはならず、差分過程を用いなければならない。
    しかも、VARの係数はそのままでは乗数を表さない。

    均衡まわりでの変動を仮定していることの是非以前の問題。単純にVARを(誘導形/構造形の違いや単位根問題、係数の表すものとインパルス・レスポンスといった基本から)理解していない技術レベルで問題がある。

    • コメントありがとうございます。
      本稿のサンプル分析でも、「バブル崩壊後の財政政策の効果は低下した」と結論付けているだけで、「係数=乗数」と述べている訳ではありません。そのあたりを取り違えている訳ではありませんので、誤解無きようお願いします。

      また、単位根がある時系列データをそのまま用いることに「統計的に」問題がある、という点も承知しております(したがって、各種実証でも様々なバリエーションがあることに言及しています)。にもかかわらず今回のサンプル分析を提示したのは、

      ・本稿の目的はあくまでも、「内生的景気循環が存在する現実の経済を分析するには、主流派の方法では構造的な問題がある」ことを、学問的にではなくできるだけ直観的に伝えることが目的。
      ・使用するデータを「統計的に有意」となるよう処理したとしても、こうした本質的な部分が変わる訳では無く、いわば枝葉の問題(筆者自身はVARモデルを経済分析に用いることに支持する立場ではないため、「技術的に厳密」である必要は無い)。

      という理由です(要は、「技術的な問題以前に、経済観の問題」ということです)。

      なお、釈迦に説法かもしれませんが、「データの定常性にこだわって差分過程等を用いることは、データ間に本来存在する長期的な関係を分析上見落とすリスクと裏腹である」という本稿の論点にも通じる指摘が存在することを、補足しておきたいと思います。

  1. コメントさせていただきます。

    shoさんへの返答で、〈学問的にではなくできるだけ直観的に伝える目的〉と述べておられますが、この考え方は非常にまずいと思います。数式モデルが存在しないデータを持ち出す時点で、批判されてもいたしかたないと思われます。

    またzasさんへの返答で、
    〈支持する立場ではないため、「技術的に厳密」である必要は無い〉という記述も、
    正直理解しかねます。
    支持する立場ではないなら、
    技術的に厳密に間違いを指摘すべきだからです。

    差し出がましくて恐縮ですが、
    早めに撤回された方が良いと思われます。

    以上、駄文失礼いたしました。

    • コメントありがとうございます。
      例えば、内生的な景気循環が働いている、以下のような経済があるとします。

      ・景気上昇期:政府支出を一定のペースで拡大し、GDPはそれ以上に拡大
      ・景気下降期:政府支出は横ばい、GDPは下降
      ・政府支出の「本来の乗数効果」は景気上昇期・下降期とも一定

      これを、主流派経済学的な意味の「正しい」VARモデルで分析すれば、

      ・景気上昇期の政府支出のGDPへの効果(X)はプラス(出てくる数値が乗数かどうかは別として)
      ・景気下降期の政府支出のGDPへの効果(Y)はゼロ
      ・少なくとも、X>Y

      でなければならないでしょう(もし結果がそうでないならば、今度は主流派経済学から見て、その分析方法自体が妥当でないことになります)。
      このことは、技術やデータの背後にあるマクロ経済モデル以前の問題として明らかなはずです。
      これが、上記で申し上げた「直観的」のニュアンスです。

      「経済がどのような内生的景気循環で動かされているか(あるいは、動かされているか否か)」という議論はまた別の問題で、本稿で引用したものも含め、いろいろな形で議論を提示していきたいと思っています。

      • 上記の最後の文は、

        「現実の経済が本当に内生的景気循環で動かされているのか否か(あるいは、どのような内生的景気循環で動かされているのか)」という残る議論については、本稿で引用したものも含め、引き続きいろいろな形で議論を提示していきたいと思っています。

        に訂正します。

        • ポン
        • 2014年 5月 14日

        GDPのトレンドと、財政支出とのトレンドで見せかけの相関があって、それ次第でパラメータの推定にバイアスが出るって話だろ。

        だから、とりあえず定常過程にするんだろが

      • 返答ありがとうございます。

        詳細を端折って結論だけ言います。
        本記事における議論は、主流派経済学や内生的景気循環の内容以前に、論点先取(Begging the question)であり学問的にアウトだということです。

        さらにまずいことに、本議論では批判のために〈VARモデルを使って分析〉しており、〈統計学的にはこれ以上ない精度の高さ〉を持ち出しています。それなのに、反論に対する再反論では、〈筆者自身はVARモデルを経済分析に用いることに支持する立場ではないため、「技術的に厳密」である必要は無い〉と述べてしまっています。それならば、そもそも批判のために〈VARモデルを使って分析〉してはならないはずです。

        内生的景気循環の観点から、主流派経済学に対して学問的に有意義な批判をすることは十分に可能でしょう。
        例えば、利用しているデータの切り取り方が恣意的であることを批判し、別の基準からデータを選び直すことで異なる結果が導かれることを指摘する方法があります。他にも、主流派のモデルとは異なる内生的景気循環モデルを示し、そちらのシミュレーション結果の方が現実の経済状況に一致していることを示すという方法もあります。
        つまり、自説の正しさを主張するなら、学問的に妥当する方法ですべきだという話です。

        ただし、本記事は〈学問的にではなくできるだけ直観的に伝えることが目的〉ということらしいので、そうであるなら私としては何も言うことはありません。

    • 秋山
    • 2014年 9月 03日

    「90年代の財政運営:評価と課題」を読んで、脱力。
    相関係数の意味が分かってない。高橋洋一先生に見せたら大笑いするだろうな。

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