炭水化物と景気循環~生態系としてのマクロ経済(後編)

201404231

本稿は、「炭水化物が人類を滅ぼす 糖質制限からみた生命の科学」を手がかりにしたマクロ経済に関する考察の後編になります(同書の要旨については前編をご参照ください)。
前編では、自然界における捕食動物・被食動物の個体数の循環的な変動メカニズムを説明する「ロトカ=ヴォルテラ方程式」を踏まえて、「現実の経済は、元来は肉食・狩猟動物であった人間の本能が生み出す『景気循環』を伴うもので、恒常的な不均衡状態にある」という見方を提示する一方で、均衡状態を当然の前提として景気循環の内在性を否定する主流派経済学の枠組みがいかに非現実的なものであるかを論じました。
後編となる今回は、上記の議論を踏まえつつ、ヘッジファンドの世界で伝説的なアメリカ人投機家で、「イングランド銀行を負かした男」の異名を持つジョージ・ソロスが唱える「再帰性理論」などの視点も取り入れて、主に「マクロ経済における政府と民間の役割」について考察してみたいと思います。

思考と社会参加の双方向性がもたらす不均衡

「人間とは、自分が生きる世界を知識として理解しようとする『認知機能』と、世界に影響を与えて自分にとって都合の良いように改造しようとする『操作機能』を併せ持つ存在である」というのがソロスの議論の出発点です。社会の一部である人間は、世界を観察して知識を得ようとしますが、その知識に基づいた自らの行動が社会に不確実な変化をもたらしてしまう。さらに変化後の社会について理解しようとしても、その後の行動によってさらに世界は変わってしまうため、結局いつまでたっても知識は不完全なままにとどまる。ソロスは、こうした思考と社会参加の双方向的な干渉を「再帰性」と呼んでいます。
しかも、この再帰性は単なる不完全性・不確実性にとどまりません。そこに存在する「現実と乖離した偏った認識」自体が現実を本当にその方向に変えてしまい、そのことがさらに認識を片寄らせる、という、いわば正のフィードバック現象がしばしば生じます。ソロスによると、金融市場ではえてして正のフィードバックが生じがちであり、それによって市場価格が「均衡点」からどんどん遠ざかる、いわゆるバブル現象が起こるとされています。

ここで、ソロスの著作を参考に、再帰性による不均衡が生じる具体的なケースを確認してみましょう。
例えば、A社の利益が年間1億円、B社の利益が年間2億円とします。A社が何らかの理由で「将来性有望」と見られているため、利益に2倍の格差があるにもかかわらず、両社とも株式市場においては「企業価値20億円」(つまりA社は利益の20倍、B社は利益の10倍)で評価されているとします。
ここで、A社とB社が合併を発表しました。企業価値が等しいため対等合併になり、それぞれの株主は新会社の持ち分を半分ずつ手に入れることになります。
普通に考えれば、新会社の企業価値は「20億円+20億円=40億円」になりそうなものですが、そうとは限りません。例えば、

  1. 旧A社の株主から見ると、新会社における自分たちの利益の持ち分は1.5億円(=(1億円+2億円)×50%)で、合併前の1.5倍になった。つまり、「将来性有望」の期待通りに「大幅な利益成長」を達成した。
  2. 新会社は「有望銘柄」であったA社の看板、あるいはイメージを維持した。このことによって、企業価値は単純合算の1.5倍である60億円(=(1億円+2億円)×20倍)に跳ね上がった。
  3. 新会社は具体的な合併先は未定なまま、将来におけるさらなる合併を前提とした拡大戦略を発表した。これによって、①②の再現によるさらなる利益成長期待や株価上昇期待が醸し出され、それを先取りする形でさらに企業価値(株価)が跳ね上がった。

ということが起こり得ます。
「XXドットコム」と名がつくだけで、実体のない会社の株価にも破格の高値が付いたITバブルの事例などを想起すれば、こうしたケースがしばしば現実に起こっていることは、ご理解いただけると思います。

これに対して、主流派経済学の「効率市場仮説」や「合理的期待形成仮説」では全ての経済主体が完全な知識を保有していることを前提としています。従って、基本的には「短期的なブレはあったとしても、市場価格はいずれ、参加者の偏見や不完全な認識とは独立した均衡水準に収れんする」という結論が導き出されます。
ところがソロスに言わせると、これらの理論は「観察者と独立した体系であるニュートン力学の枠組みに、観察者が独立していない人間社会を研究対象としているはずの社会科学をむりやり当てはめている」という意味で、フィクションに過ぎません。例えば、「市場価格は常にファンダメンタルズ(現実)を正確に反映するものである」という見方(よくありがちな「市場は正しい」「市場の声を聞け」「市場と対話せよ」といった言説の背景にある経済観)についても、「再帰性によって現実の方が、参加者の認識を反映した価格の影響を受けている(結果的にある時点を切り取ってみれば、市場価格が現実を反映しているようにも見える)」という現実を誤解しているに過ぎない、という訳です。
ソロスはこうした哲学を持ち合わせたことが金融の世界における自らの成功をもたらしたとする一方で、新自由主義的な発想の下で金融資本の国際間移動を完全に自由化したことが却って国際金融システムの不安定化を招いており、かつてのブレトン=ウッズ体制のような国際的な規制が必要であると提言しています。

→ 次ページ:「安易な自由化の推進は文明社会破滅の道?」を読む

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西部邁

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コメント

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  1. 2014年 4月 29日
    トラックバック:哲学はなぜ間違うのか?

  1. 1152

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