炭水化物と景気循環~生態系としてのマクロ経済(後編)
- 2014/4/23
- 経済
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安易な自由化の推進は文明社会破滅の道?
ソロスが唱える「再帰性によって生じる不均衡」という考え方は、前編で提示した内生的景気循環論とも通じるものです(但し、ソロスの理論では「不均衡はいずれ持続不能になる」というだけで、膨らんだバブルが崩壊に転じるメカニズムについての説明が与えられていない点が、内生的景気循環論と異なります)。さらに、ソロスが大学で行った講義の模様をまとめた「ソロスの講義録 資本主義の呪縛を超えて」の
私の分析枠組みから導き出される(中略)洞察(中略)は「潜在的な不安定さを抱える金融市場には、個々の市場参加者が取引参加によって負うリスク以外にも、金融システム全体が崩壊しかねない『システミック・リスク』が存在する」というものです。個々の市場参加者は、自分の投資ポジションをいつでも解消できると信じて、システミック・リスクを無視できます。ところが、規制当局の場合、そうはいきません。
というのも、あまりに多くの市場参加者が似たような投資ポジションを取っており、それらのポジションがいっせいに解消されれば、相場の急変や、場合によっては崩壊が引き起こされかねないからです。(ジョージ・ソロス「ソロスの講義録」より引用。傍線筆者)
という記述は図らずも、「炭水化物が人類を滅ぼす」の
狩猟採集・遊動生活では、人類の個体数は自然の生産力が制御し、他の人間と顔を合わせる機会そのものが滅多にないので、人間同士が争うこともなかった。何より、面倒なことがあったらそこから逃げ出すという究極の解決法があった。
しかし、穀物栽培のために土地に縛り付けられた農耕時代の人間には、「逃げる」という選択肢はなくなった。このため農耕時代の人間は、狩猟採集時代にはない面倒な問題に次々に直面することになったのだ。(夏井睦「炭水化物が人類を滅ぼす」より引用。傍線筆者)
という記述を連想させます。
上記の記述、あるいは前編で述べた「人間の狩猟本能が景気循環という不均衡を生み出す」を前提とすれば、ソロスが説く「再帰性がもたらす不均衡あるいは不完全性」もまた、その多くは狩猟本能、あるいは「農耕を前提とした文明社会と、狩猟本能との間に存在するギャップ」に由来すると言えるでしょう。
そうだとすると、主流派経済学の説くところとは異なり、行き過ぎた安易な自由化は経済の効率化や発展をもたらすどころか、むしろ金融市場のシステミック・リスク(典型例がリーマン・ショック)に代表されるような、文明社会の破壊につながりかねない、ということになります。これはある意味、人間の本能がもたらす宿命と言えるのではないでしょうか(自由化やグローバリズムの行き過ぎが第二次世界大戦につながったと考えられることは、「グローバル金融危機の発生メカニズム」で述べたとおりです)。
そして、このような人間社会における政府とは、
民間あるいは自由主義の論理(狩猟本能)による意図せざる破壊行為から文明社会を守るための、文字通りの公共インフラ
の1つとして、歴史的に積み重ねられた伝統や制度と共に機能する存在であるべきです。そもそも近代的な大規模な自由市場自体、それまでの前近代的な社会から個人を解放し、国内の通貨や度量衡を統一し、関連する諸制度を準備した近代国家によって創設された社会インフラである、というのが歴史的な事実です(中野剛志「国力とは何か 経済ナショナリズムの理論と政策」参照)。
従って、そうした政府の役割は単純に民間に置き換えられる(=狩猟の論理に任せられる)ものではなく、「自由化、民営化を進めた方が経済全体にとって効率的」という前提を無批判に置くことは、やはり現実から乖離した机上の空論と言わざるを得ないでしょう。
もちろん文明社会を築いたのが、不完全な知識しか持たず、なおかつ本来は狩猟生物であった人間である以上、「今のままが最善」というのもまたフィクションであって、バランスを取りながらの「保守するための改革」が絶えず必要、という帰結にもなるのでしょうが…。
(参考文献)
夏井睦「炭水化物が人類を滅ぼす―糖質制限からみた生命の科学」(光文社、2013年)
中野剛志「国力とは何か 経済ナショナリズムの理論と政策」(講談社、2011年)
ジョージ・ソロス「ソロスは警告する 超バブル崩壊=悪夢のシナリオ」(松藤民輔解説、徳川家広訳、講談社、2008年)
ジョージ・ソロス「ソロスの講義録 資本主義の呪縛を超えて」(徳川家広訳、講談社、2010年)
(糖質制限に興味がある方のための参考サイト)
夏井睦氏ウェブサイト
http://www.wound-treatment.jp/
江部康二氏ブログ(夏井氏によると、糖尿病の糖質制限治療の第一人者、だそうです)
http://koujiebe.blog95.fc2.com/
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