『日本式正道論』第五章 武士道

第七節 五輪書

 宮本武蔵(1584~1645)の書に『五輪書』があります。宮本武蔵は江戸初期の剣法家で、二天一流兵法の祖です。『五輪書』は1643年(寛永20年)から死の直前にかけて書かれたと言われています。地水火風空の五大五輪にそって5巻構成です。
 [地之巻]では、〈武士は文武二道といひて、二つの道を嗜む事、是道也〉とあり、武士における文武両道が語られています。武士と云えば死の思想ですが、武蔵は〈大形武士の思ふ心をはかるに、武士は只死ぬといふ道を嗜む事と覚ゆるほどの儀也〉と述べています。
 宮本武蔵といえば兵法が有名ですが、〈武士の兵法をおこなふ道は、何事においても人にすぐるゝ所を本とし、或は一身の切合にかち、或は数人の戦に勝ち、主君の為、我身の為、名をあげ身をたてんと思ふ〉と述べられています。兵法を行う道では優れているということを基本とし、切り合いや戦に勝ち、主君や自身のために名を上げ身を立てるのです。そこでは〈何時にても、役にたつやうに稽古し、万事に至り、役にたつやうにをしゆる事、是兵法の実の道也〉と言われ、役に立つという有用性の観点から論じられています。そのため武士の道では、〈兵具しなじなの徳をわきまへたらんこそ、武士の道なるべけれ〉とあり、道具類の大切さが説かれています。その中でも刀は特別で、〈我朝において、しるもしらぬも腰におぶ事、武士の道也〉とあり、日本では刀を帯びることが武士の道だと述べられています。
 道全般については、〈其道にあらざるといふとも、道を広くしれば、物毎に出であふ事也。いづれも人間において、我道我道をよくみがく事肝要也〉とあり、自分自身の歩むべき道を磨くことが説かれています。
 [水之巻]では、〈太刀の道を知るといふは、常に我さす刀をゆび二つにてふる時も、道すぢ能くしりては自由にふるもの也。太刀をはやく振らんとするによつて、太刀の道さかひてふりがたし。太刀はふりよき程に静かにふる心也〉とあります。太刀の道について、太刀の扱い方が語られています。
 [火之巻]では、〈我兵法の直道、世界において誰か得ん〉とあります。わが二天一流の兵法の正しい道をこの世において誰が得られようか、と述べられています。
 [風之巻]では、〈おのづから武士の法の実の道に入り、うたがひなき心になす事、我兵法のをしへの道也〉とあります。自(おの)ずから武士の道に入り、疑いなき心に至ることが兵法の教えの道だとされています。
 [空之巻]では、「空」という概念が語られています。〈ある所をしりてなき所をしる、是則ち空也〉と語られるところのものが、空です。その空が、〈武士は兵法の道を慥に覚え、其外武芸を能くつとめ、武士のおこなふ道、少しもくらからず、心のまよふ所なく、朝々時々におこたらず、心意二つの心をみがき、観見二つの眼をとぎ、少しもくもりなく、まよひの雲の晴れたる所こそ、実の空としるべき也〉と語られています。武士は兵法の道をしっかりと覚え、武芸をつとめて行う道に後ろ暗いところなく、心の迷いなく、その時その時で怠ることなく、心と意を磨き、見ること観ることを研ぎ澄ました曇りなく迷いない境地こそが空だというのです。そこでは、〈直なる所を本とし、実の心を道として、兵法を広くおこなひ、たゞしく明らかに、大きなる所をおもひとつて、空を道とし、道を空と見る所也〉とあり、「空」と「道」が関連付けられて語られています。真っ直ぐを基本とし、実の心を道として兵法を行い、正しく明らかに偉大なものを思い取るのが「空」であり「道」だというのです。
 また、宮本武蔵の『独行道』の中にも、道についての言及を見ることができます。〈世々の道をそむく事なし〉、〈いづれの道にも、わかれをかなしまず〉、〈道においては、死をいとはず思ふ〉、〈常に兵法の道をはなれず〉とあります。

第八節 驢鞍橋

 鈴木正三(1579~1655)は、江戸初期の禅僧です。徳川家康の家臣鈴木重次の長男として三河国に生まれています。
 『驢鞍橋』には、〈古來先達の行脚と云は、師を尋ね、道を求め、身命を顧みず、千萬里の行脚を作も有〉とあります。古くから先達の行脚というものは、師匠を訪ねて道を求め,身体や生命を顧みずに長い道のりを行くことだとされています。

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西部邁

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