
無。
無の叫び。
無いことの叫び。
無いことゆえの叫び。
それは、有の沈黙。
ゆえに、叫び無し。
無が有る。ゆえに、無が無い。
ある論理体系では矛盾と見なされる論理。
この矛盾を包括した論理体系がここに想定される。
或るものが無いこと。
無という深淵に刃を突き立てる。
無についての語りを語ろう。
有と無の物語を紡ごう。
有の思想は説く。
一であった有から、複数の有が生まれる、と。
一としての有は、言葉によって複数の有を生む、と。
しかし、無の思想はこう説く。
零から、無数の有が生まれる。
零から、言葉の成立を待たずして一が生まれる。
一が二となり、自己と世界が分かれる。
一が多となり、世界に自己と他者が生まれる。
しかし、それ以前に働きが起こっている。
一が一となる瞬間がある。
それは、零が無において一となる刹那。
永遠から今が分かれる。
永遠の今が生まれる。
これが、一が無において一となる刹那。
自己と世界が分かれるために要請される出来事。
これが、零が無において一となる刹那。
現在→過去→未来。原初において。
過去→現在→未来。一つの時間概念。
過去←現在→未来。もう一つの時間概念。
永遠と今が分かれ、時は流れ出す。
なぜなら、過去と未来は有り得ないから。
過去と未来は無いのだから、現在は無である。
ゆえに、現在は無において有り、過去が把握され、未来が推測される。
ゆえに、時は動き出し、無数の有が生まれる。
ここで、無という混沌へ足を踏み入れる。
在ることが無い。それは如何に語られるのか。
生じる前に無い。端的に無い。滅した後に無い。
無いことの時制。無の時間。
時間において無い、ことによる無の時間論。
無の混沌を手で掻き分ける。
在るもので無い。
有と在が結合せず、無い。
在ることの異なりにより、無い。
可能性により、無い。
思考の外の想定により、無い。
無いことの空間。無の空間。
空間において無い、ことによる無の空間論。
ここにおいて、無の時空が示される。
無の時空において、一種の飛躍が為される。
その飛躍が、すでに成ったものとして、世界が開かれる。
一つの時空の捏造。有の時空の捏造。
その捏造の故に、世界は人々の認識しているようにして、在る。
それゆえ、その捏造は、捏造で無くなる。
無くなるのでならなければならない。
なぜなら、生活世界が成り立たないから。
逆に言えば、生活世界を成り立たせるため、捏造は前提となる。
ならざるをえない。
だから、言葉が紡がれている。
有と無の交錯において、矛盾した自己が同一となる。
同一と見なされる地点に到達する。
だから、言葉が紡がれている。
無我。
我れ無し。
すなわち、自己は存在せず。
自己が存在しないことによって、自己が世界において在る。
その有り方において、無が想定され、生命が意味において生まれる。
そこにおいて、汝が生まれる。
だからこそ、我が生まれる。
我と汝は言葉を交わす。
我の無において汝が有り、汝の無において我が有る。
我は我の無において汝と、汝は汝の無において我と。
ここに深淵が横たわる。無の深淵が。
無の深淵において、答えが拒絶される。
なぜなら、答えはありえないのだから、
すなわち、答えは無いのだ。
だからこそ、答えが無いからこそ、そこに意味が生まれる。
意味が無いことによる、意味が生まれる。
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