漫画思想【01】漫画思想入門

「漫画思想」特集ページ

 世の中には、漫画というジャンルがあります。
 現代日本において、漫画好きという方はかなりの割合で存在していると思われます。私も、重度の漫画マニアからすれば笑われるようなレベルではありますが、漫画を好きな人間の一人です。

漫画の定義

 ほとんど誰もが「漫画」という言葉を知っており、日常の文脈において適切に使用しているにも関わらず、それを簡潔に定義することはかなり困難です。それを踏まえた上で、ざっくり言ってしまうなら、“遊びや風刺を意図した絵画”というのはどうでしょうか?
 もちろん、これで十分な定義と言い張ることは難しいでしょう。美術作品としての絵画と漫画は区別されていますが、その線引きの説明としては十分ではないからです。しかし、美術館に飾ってある絵画と、本屋に売っている漫画の違いなど、“有って無いもの”なのかもしれません。ある人は、それらを上品・下品という価値観で分けたりするのかもしれません。ですが、それを言葉で説明するという営為の中で、その境目がかなり曖昧であることに気づきます。
 漫画は絵を用いており、絵が多様な表現力を持つがゆえに、漫画そのものが多様な表現性を備えています。それゆえ、その<幅広い表現性のゆえに、漫画の定義には曖昧さがつきまとってしまうのです。  ここでの目的は、漫画の定義を厳密に求めることではなく、漫画を用いて思想することにあります。ですので、定義については曖昧ながら“遊びや風刺を意図した絵画”と考えておき、先へ進むことにします。

漫画の歴史

 漫画をどう定義するかに関わる問題ではありますが、広く捉えた場合には、漫画の歴史は人類史とともに長いと見なせるでしょう。壁画や彫刻などの歴史的遺物にも、漫画の痕跡を見つけることができるからです。
 「漫画」という言葉そのものは、日本では昭和初期に定着したそうですが、その下地については日本史を通して熟成されてきたと見なしえるでしょう。日本には四大絵巻物と称される『源氏物語絵巻』・『信貴山縁起』・『伴大納言絵巻』・『鳥獣人物戯画』があります。江戸時代には『鳥羽絵本』や『草双紙』、そして『北斎漫画』がありました。明治時代にはヨーロッパの漫画の影響などを吸収し、さらなる発展を遂げました。現代日本においては、漫画は一大産業の地位を築いています。
 ここで注目すべきは、戦後における漫画の位置づけです。ただし、ここからは私の個人的解釈の余地が大きくなるため、批判精神をもって読んでいただけるようお願いします。

メインカルチャーとサブカルチャー

 文化論には、メインカルチャー (mainculture)とサブカルチャー (subculture)という分類があります。漫画は、一般的にはサブカルチャーに位置づけられています。
 しかし、メインカルチャーに位置づけられている(であろう)新聞や言論界などの評論を見るに、それらの質が全体として高いとは言い難いのです。それに対し、多種多様な漫画がありますが、一線で活躍している漫画家の中には、確実に“本物”が含まれているように思えるのです。それも、かなりの量においてなのです。しかも、“思想”という領域においても、そうなのです。
 つまり、思想上の質と量の両面において、膨大に存在する新聞記者や言論人に比して、漫画家の中に“本物”が多いように思えるのです。そして、そのように思えたのなら、メインカルチャーとサブカルチャーの区別は、実質的に意味の無いものになります。
 もちろん、漫画はサブカルチャーの地位から、メインカルチャーを脅かすべきだと考える人もいるでしょう。その見解には、一定の説得力があるのでしょう。しかし、そこに思想的な力量差を見てしまった者は、そんな基準にこだわることができなくなってしまうのです。

戦後民主主義という制約について

 なぜ戦後日本において、いわゆるメインカルチャーがサブカルチャーに劣っているかというと、私論を交えて言ってしまうなら、メインカルチャーには戦後民主主義による制約が強く作用しているからです。つまり、GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)による言論統制による悪影響がまだ続いているからです。その卑劣な影響下にあるどうしようもない現状を、戦後民主主義体制と呼びます。
 ここら辺を詳しく論じていくと、ここでの目的からズレてしまいます。気になる方は、調べてみてください。最初は、江藤淳の「閉された言語空間―占領軍の検閲と戦後日本 (文春文庫)」が入りやすいかと思います。
 さて、大雑把にざっくりと論じるなら、戦後民主主義体制の強い影響下にあるメインカルチャーでは、「民主主義は素晴らしい」といったような、くだらない言説が繰り返されることになります。念のため言っておくと、民主主義は素晴らしいと言うような人物は、知的面でも誠実面でも疑ってかかるべきです。ちなみに、『近代を超克する』参照です(笑)。
 それに対し漫画では、“勇気とは何か?”とか、“友情とは何か”といった人生において重要な問いが真剣に展開されています。
 もちろん、勇気や友情などは漫画でなくても問うことができます。くだらない制約など無ければ、漫画でも文章でも価値あるものを示すことができます。ですから、文章による作品においても、“本物”を見つけることができます。そして、その“本物”の作品には、くだらない制約が感じられないものなのです。
 その制約ゆえに、文章作品の“本物”は、例えば江戸時代の思想書にはたくさん見つけることができますが、戦後日本ではなかなか難しいわけです。

文章と漫画の表現の違い

 文章作品と漫画作品には、表現上の相違があります。漫画は文章と絵の両方を使用可能ですから、その差はもちろん絵による表現の有無になります。
 絵の魅力がプラスされるため、漫画の方が有利といった見方もあるかもしれません。一方、文章の力というものも確かにあります。もちろん漫画で文章を多用することもできますが、そうすると面白くなくなってしまう場合が多いのです。さらに言えば、漫画で文章を多用して面白くするには、漫画上の高度なテクニックが必要なのです。
 そういった観点から、文章作品と漫画作品には長所と短所があり、互いに競い合うべき間柄にあると言えます。
 そうは言っても、やはり漫画の絵の魅力は尋常ではありません。例えば、人間の魅力的な表情を表現するとき、漫画に文章が勝てるのかどうかという問題があります。勝てるのかもしれませんし、勝てないのかもしれません。それは、やってみなければ分かりません。そこには、漫画の絵の魅力に、文章でもってどこまで迫れるかという課題があります。ワクワクしてきませんか?
 なぜなら、そこには文章であがくことによる何かがあるからです。そして、どんなにあがいても、絵の魅力に到達できないことによって、示される何かがあるはずなのです。その挫折そのものによってこそ、示される何かがあるはずなのです。表現の相違による表現の差異、そこに、何かが示されるはずなのです。

漫画を文章で紹介する

 私は、子どものころから漫画が好きでした。そこには、大切な何かがありました。学校の先生やテレビのコメンテーターの言葉にはない何かがありました。それは、私の糧となりました。
 私は私なりに、日本の漫画から多くのことを学んだのです。そこには、思想があったのです。その経験を活かし、おこがましいことを承知で、日本の漫画作品を思想的に紹介してみようと思います。よろしければ、どうぞ引き続き御覧下さい。


※次稿「漫画思想【02】嘘とまっすぐ ―『うしおととら』―」はコチラ
※本連載の一覧はコチラをご覧ください。

西部邁

木下元文

木下元文

投稿者プロフィール

1981年生。会社員。
立命館大学 情報システム学専攻(修士課程)卒業。
日本思想とか哲学とか好きです。ジャンルを問わず論じていきます。
ウェブサイト「日本式論(http://nihonshiki.sakura.ne.jp/)」を運営中です。

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