漫画思想【05】人間の強さと弱さ ―『幽遊白書』―

それぞれの救い

 前節の問いに際し、一つの手がかりを与えてくれるのが、作中に出てくる御手洗という少年です。彼の心の動きは注目に値します。彼は正常な精神の持ち主なのですが、「黒の章」を見せられたため人間不信に陥り、仙水の仲間になります。彼は桑原と戦い敗れ、その後に助けられます。彼は治療してくれた幽助達と、次のような会話を交わしています。

御手洗「お前らは、人間が今までどんなひどいことをしてきたか知らないから善人ぶってられるんだよ。お前らだって、あのビデオを見れば価値感変わるぜ!! 人間は生きるに値しないってな。だから・・・。」
幽助「だから何だ!? だから人間全部、妖怪のエサになっちまえってのか!?」
御手洗「そうさ。お前は自分が、どんな生き物か知らないのさ。たまたま平和っぽいところで生きてるからな。だが、それは人間の本質じゃない。殺されるために並んでいる子供の列を見たことあるか? その横に蹲ってるウジ虫だらけの死体を。明日殺されることがわかっててオモチャにされてる人間を見たことあるか? それを笑顔で眺めてる人間の顔をよ。目の前で子供を殺された母親を見たことあるか!? その逆は!? 殺ってる奴らは鼻唄まじりでいかにも「楽しんでます」って顔つきだ。わかるか!? 人は笑いながら人を殺せるんだ!! お前だって、きっとできるぜ。気がついていないだけでな!!」
幽助「――で・・・、おめェも、そんな人間の方か。」
御手洗「・・・・・・・・・そうさ!! お前も一皮むけば同じだよ。」
幽助「オレよ・・・、桑原に聞いたんだよ。何で、こんな奴、助けたんだってよ。したら、あいつ、何て言ったと思う? お前が“「助けてくれ」って言ってるように見えた”んだとよ・・・・・・・・・・・・。そんときゃ、笑っちまったんだけどよ。今の・・・・・・お前見てるとなんかわかるぜ。」

 この間、御手洗の顔の描写が2コマ入り、彼は涙を流します。

御手洗「寝るとそのビデオの夢でうなされて起きるんだ・・・・・・さっきも殺された人達がみんなこっちを見てやがった。まるでボクがやったような気になってくる・・・・・・・・・。どんどん自分がうす汚ない生き物に思えてくるんだ・・・・・・・・・。わけもわからず何かを償いたくて狂いそうになるんだ・・・。誰でもよかったんだよ・・・。どうしたらいいのか教えて欲しかった。ちくしょう。ちくしょう・・・・・・。」

 この後、桑原が仙水にさらわれ、御手洗は桑原を助けたいと幽助たちの仲間になります。幽助側に立って戦う際に、彼は次の言葉を残しています。

御手洗「ボクは弱い。それを認める勇気さえなかったから周りの人達を呪った。魔がさして、こんな恐ろしい計画に手をかしたのもボクが弱いせいだ。でも変わる。」

 彼は後に、志望校に進学しボランティアへの道を歩みます。彼の立場は、一つの解答を示しています。ただし、これは一つの解答ですが、あくまでも御手洗という少年の出した、彼の解答なのです。その解答に納得しなかったものは、その奥へと歩を進めるしかないのです。それは、まったく当たり前の話です。人はそれぞれ、自分の物語を紡ぐしかないという、当たり前の話です。
 そして、もし自分が黒の章を見たとしたら…。
 この問いを自身に課したとき、日常とは区別されるある領域に、足を踏み入れたことになります。その先で、自分のために、納得の行く答えへと向かうしかないのです。


※次回は8月下旬公開予定です。
※本連載の一覧はコチラをご覧ください。

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西部邁

木下元文

木下元文

投稿者プロフィール

1981年生。会社員。
立命館大学 情報システム学専攻(修士課程)卒業。
日本思想とか哲学とか好きです。ジャンルを問わず論じていきます。
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