漫画思想【03】彼の戦う理由 ―『からくりサーカス』―

ピアノと退屈と

 ジョージ・ラローシュが人間だったころ、彼にはやりたいことがありました。それは、本物のミュージックです。彼はピアニストになりたかったのです。しかし、彼は機械のように音符を再現することしかできず、ただのメトロノームと罵倒され、夢を諦めたのです。
 その後、半機械人間となった彼にはやりたいことはなく、退屈していました。特別な体となり、長い人生をもてあまし、与えられた使命をヒマつぶしと見なし、ただ合理的に行動していただけなのです。
 そんな彼ですが、戦いに敗れ、自分が見下していた人物が敵を撃破するのを見て考えが変化します。奇妙な人間たちとの交流も、彼の考えに変化をもたらします。時が経ち、物語が進み、彼は再び人間を、子供たちを守るために戦うことになります。
 彼は子供たちを避難させるよう指示しますが、子供たちは彼を恐れて震えます。かつて、敵の情報をさぐるため子供たちへ尋問まがいのことをしたからです。彼はそのとき、彼の振る舞いに怒った人物に殴られたことを思い出します。その屈辱的なはずの思い出に、彼は微笑むのです。それは珍しいことだと指摘され、彼は何を思ったか、タバコを所望します。普段は、カラダに悪く非合理だとバカにしていたにも関わらず、です。彼は、「合理的な生活に飽きたのかもな・・・」と呟くのです。

子供たちのためにピアノを弾く

 敵を待ち構えている間、子供たちは恐怖で震えています。それを見かねて、サーカス芸人の味方の一人が子供たちを楽しませようとします。芸人は音楽でもかかれば良いと言うのですが、そこは戦場であり、楽隊がいません。そのとき彼は、ジョージは、そこにあったピアノを弾くのです。「少し・・・弾けるのだ。・・・・・・こんなので良いのか・・・」、そう彼は言うのです。
 一人の芸人と一人の音楽隊のささやかな講演が終わり、笑顔と拍手が生まれます。彼は不思議な顔をし、拍手にこたえます。しかし、すぐに敵の襲来があり、彼は迎撃へと向かいます。そのとき一人の子供が、トムが、「ま・・・また弾いてね・・・・・・ピアノ・・・」とおずおずと彼に告げるのです。
 彼は、自分より強大な戦力を持った敵との戦いにおもむきます。敵との戦力差から、彼は窮地に立たされます。彼は傷つきながらもタバコを吸い、その非合理性を敵に指摘されます。彼は答えます。飽きたのだと。合理的な生き方にも、ギブアップすることにも、自分の人生に退屈することにも。
 敵は、かつての彼と同じようなことを言います。ジョージは、敵が昔の自分にそっくりだと言います。しかし、違うところもあると言うのです。

 私は・・・・・・「ピアノをまた弾いてね」と言われたんだ。

 私は、拍手と共に言われたんだ!! ピアノを――「また弾いてね」って!!

 あの子供達は、ピアノをまた弾いてねって、・・・・・・・・・私に!!
 こんな、こんな私にだぞ!!

 お前は言われた事が無いだろう・・・・・・。
 私は言われたぞ! あの子供達は言ってくれたんだ!!
 ピアノを、また弾いてねって・・・・・・。

 ううっ、何度も繰り返すなよ・・・ジョージ。
 泣いてしまうじゃないか・・・(´;ω;`)

命の使い道

 半機械人間となり、時を支配し、長い人生を得たとしても、そこには退屈しかないのかもしれません。ジョージという登場人物は、人間のときにピアニストの夢をあきらめました。その後に「しろがね-O」となり、選ばれた超人間になったと自惚れます。
 しかし、そこには退屈とヒマつぶししかなかったのです。そんな彼に、そんな彼が弾いたピアノに、子供たちは拍手をし、また弾いてねと頼んだのです。その言葉が、彼と敵を分ける境目なのだと、彼は何度も繰り返してこだわったのです。
 それは、自身より強大な敵に立ち向かうに足る理由であり、自身の永遠の命を失う危険をもいとわないものだったのです。それはそうでしょう。なにせ彼は、ピアノをまた弾いてねと言われたのですから。


※次稿「漫画思想【04】常識の裏側 ―『アホガール』―」はコチラ
※本連載の一覧はコチラをご覧ください。

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西部邁

木下元文

木下元文

投稿者プロフィール

1981年生。会社員。
立命館大学 情報システム学専攻(修士課程)卒業。
日本思想とか哲学とか好きです。ジャンルを問わず論じていきます。
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