横綱・白鵬と「この国の魂」
- 2015/1/20
- 文化
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白鵬が「天皇陛下に感謝」した理由
2014年(平成26年)11月23日、大相撲九州場所千秋楽。
この日、横綱・白鵬は歴代最多となる32回目の優勝を飾りました。昭和の大横綱・大鵬に並ぶ、偉大な記録です。
表彰式で「君が代」を聴きながら目を潤ませる白鵬。
場内での優勝インタビューでは、まずモンゴル語で母国・モンゴルの人々にメッセージを送りました。続けて日本語で、簡潔ながら力強く感想を述べました。
「15年前に62キロの小さい少年がここまできたというのは誰も想像しなかったと思います。この国の魂と、相撲の神様が認めてくれたからこの結果があると思います」
実に感動的な言葉ですね。この言葉については後ほどじっくり触れるとして、ここでは白鵬が続けて口にした、もう一つの感動的な言葉に触れましょう。
「明治初期に断髪事件が起きた時に、大久保利通という武士が当時の明治天皇と、長く続いたこの伝統文化を守ってくれたそうです。そのなかで天皇陛下に感謝したいと思います」
おそらく、大半の日本人が「え、なんで唐突に大久保利通と明治天皇の名前が出てくるの?」と戸惑ったことでしょう。これにはもちろん、理由があります。
1871年(明治4年)8月、明治政府は「断髪令」を布告しました。この時に例外として認められたのが、力士の髷でした。何故でしょう。
維新の功労者・大久保利通が「大相撲だけは髷を残したい」と明治天皇に願い出たからです。
明治維新とそれに伴う文明開化の風潮により、旧来の伝統文化は否定され、裸で行う相撲も野蛮視されるようになりました。当時は「相撲禁止論」まで浮上したといいます。
そのような中でも大久保の提案は受け入れられ、力士の髷は残ることになりました。そして、大の相撲好きで自らも相撲をとることの多かった明治天皇とその意を受けた伊藤博文らの尽力により、1884年(明治17年)には天覧相撲も実現、大相撲は社会に広く認められる存在となりました。こうして相撲は、最大の危機を乗り越えることができたのです。
このようなエピソードを、しかしながら現代の日本人の大半は知らない。それを、モンゴル出身の白鵬が語ったのです。
「純粋な日本人」でなくても
さて、さきほど触れた「この国の魂と、相撲の神様が認めてくれたからこの結果がある」という、白鵬の言葉。これを聞いた時、私はある米国映画を思い出しました。クリント・イーストウッドが監督・主演をつとめる映画『グラン・トリノ』です。
あらすじは以下の通り。
米国の片田舎に、クリント・イーストウッド演じるレイシスト(人種差別主義者)の老人がいました。偏屈な性格のせいで家族からも愛想を尽かされた彼にとって唯一の誇りが、往年の名車「グラン・トリノ」。しかし日本車が台頭した現代では、時代から取り残されたグラン・トリノのことを誰も歯牙にもかけません。
そんな中ただ一人、グラン・トリノを「かっこいい」と言ってくれる人物が現れます。老人の家の隣に住む、東南アジア系の青年です。青年との交流を通じて、レイシストだった老人の心境に変化が生じていきます。
詳細を省きつつも結末をネタばれしてしまいますが、映画のラストで青年は老人のグラン・トリノを相続し、新たな所有者となります。かくして、東南アジア系の青年でもグラン・トリノが体現するアメリカン・スピリットの継承者となりうるのだと宣言し、この映画は幕を下ろすのです。
白鵬にも、同じことが言えるのではないでしょうか。
言うまでもなく、彼はモンゴル出身です。日本生まれ日本育ちの、いわゆる「純粋な日本人」ではない。そんな彼でも、「この国の魂」から認められ、その継承者となることができたのです。
眼の色、肌の色なんか関係ない!
近年、日本でも議論されることの増えたイシューの一つに、移民受け入れ問題が挙げられます。
少子高齢化に伴う労働人口の減少を穴埋めするため、移民を受け入れる必要性が叫ばれているわけです。
しかしながら2015年1月のパリ新聞社銃撃事件など、欧州諸国の事例をみれば明らかなように、残念ながら移民受け入れには文化摩擦、治安の悪化などの問題がどうしても付きまといます。
私は、安直な移民受け入れには反対します。
しかしその一方で、伝統文化の担い手を「純粋な日本人」に限定することにも、また反対の立場です。
テレビなどを見ると、コメンテーターたちが「モンゴル勢の快進撃が続く中、待望の日本人横綱はなかなか誕生しませんねぇ」と半ば愚痴るようにコメントする光景をよく目にします。
くだらないと思いますね。
日本人が横綱になれないから、一体何だというのでしょう。
横綱に―「この国の魂」の継承者に、国籍など関係ありません。眼の色が青いだとか、肌の色が黒いだとか、そんな些事は、どうだっていい。
白鵬の言葉は、私たち日本人にそう教えてくれるのです。
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