百田尚樹の「殉愛」に欠如していたもの

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 先日の寄稿で、やしきたかじん氏(以下たかじん)の死後に起こった騒動と、彼の生涯についておさらいという体裁で書きました。騒動は、どうやらネットの世界を本格的に飛び出して、女性誌を含めた週刊各誌面において、「殉愛」の内容と現実のズレに対して疑問を呈する記事と、百田氏、ないしはたかじんの未亡人(以下未亡人)本人が登場して身の潔白を証明する記事が角逐しております。週刊誌を発行する各社さんが、「殉愛」に纏わるゴシップ記事の価値が百田氏の寄稿価値を上回ったと判断したからかも知れません。今後はテレビ媒体でも頻繁に取り上げられるようになることもありそうですね。

「殉愛」誕生秘話

 そもそも百田氏が「殉愛」を書くきっかけとなったのは、未亡人から「一度お会いしたい」旨のメールを受け取ったことがきっかけだとのこと。百田氏はもともと関西圏のテレビ放送作家ですが、たかじんと百田氏の間には、面識はほぼ無かったようです。この為、未亡人から「たかじんは大変百田氏のことを褒めていた、一度お会いしたい」という趣旨のメールを受取りますが、当初は疑心暗鬼で持て余している。しかし、結局百田氏は未亡人と会い、彼女の看病記を出すことを決意しています。その時のエピソードは、「殉愛」で以下のように語られています。少し長いですが引用します。

未亡人は二年間の闘病生活を淡々と語った。こういう話は聞くほうにとっては決して楽しいものではない。だから私も最初はそれほど身を入れては聞かなかったし、適当なところで切り上げて帰ろうと思っていた。
 ところが、気が付けばあっという間に三時間が過ぎていた。話を聞き終えたとき、私は本を出したいという気持ちに駆られていた。それは「たかじんの物語」ではなく、彼の妻である「さくらの物語」だった。(中略)
 私はその後も未亡人と何度か会い、多くの話を聞いた。おかしな言い方になるが、聞けば聞くほど、その劇的な物語に魅了された。(中略)
 未亡人がたかじんとのことを私に話してくれたのは、亡き夫が尊敬し、会いたがっていた人物に、自分たちのことを知ってもらいたい!という純粋な気持ちからだった。
 いつしか私と彼女との間には、友情のようなものが生まれていた。それだけに、友人として聞かせてもらった話を本にして刊行するのはいいことなのだろうかという思いも湧いていた。
 しかし、ある日、彼女がふと漏らした「一言」が私の心を大きく変えた。(プロローグより引用)

自分の時間のすべて、文字通り二十四時間を看病に費やした。実際、たかじんが闘病生活に入ってからの約七百日は、一日たりとも彼のそばを離れることがなかった。もっと正確に言えば、縫合不全の手術中と復帰後のテレビ収録の日を除いては、三時間と離れたことがなかった。しかしそれは回復の望みがほとんどない絶望的な状況のもとでの看護だ。また左耳の聴力も失っている。俗な言い方をすれば、まったく「わりに合わない」。
 私がそれを口にしたとき、さくらは笑顔で言った。
「自分がかわいそうとも不幸とも思ったことは一度もありませんし、今もまったく思っていません。ハニーと暮らした二年間は本当に幸せだったんです。自分の三十二年の人生の中でも、最も幸福な二年間でした」
 それは強がりや意地で出た言葉とは思えなかった。それを言うときの彼女は輝くような笑みを浮かべていた。その瞬間、私はこの物語を本にしようと決意した。(エピローグより引用)

プロローグとエピローグで本編を挟み込みその「一言」を約三八〇頁も引っ張っておいて、「彼女は輝く笑顔で看病漬けでも幸せだったと言ったのだ!」と力まれても、読み手にはその熱は伝わらないでしょう。我々に出来ることは空費した時間に想いを馳せ、そっと背表紙を閉じることくらいしかありませんね。

ちなみに、「殉愛」というタイトルについて推測ですが、小津安二郎と原節子のプラトニック・ラブを描いた「殉愛」(新潮社・西村雄一郎)からとったのではないでしょうか。本書のタイトルは、「小津逝去後に銀幕を去ることで身を殉じた原節子」という通例解釈だけでなく、小津自身も生涯独身を貫くことでその愛に身を殉じていたのだという解釈を新たに加えています。更には、原を密かに恋い慕っていた東宝の社長藤本真澄まで挿話的に登場させ、当時の映画界の裏話を面白く読ませる内容となっています。百田氏の「殉愛」では、未亡人が原、たかじんが小津といった配役なのでしょうが、百田氏が熱っぽく未亡人の物語に入れ込んでいる辺りは、図らずも藤本社長的な出トチリ(*1)感を醸し出しており、作者が意図しない当代「殉愛」の妙味となっています。

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西部邁

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