アノニマス vs ISIL! ―ウェストファリア体制の終焉とサイバー戦争の幕開け

「アノニマス」って何者?

 国際的ハッカー集団「アノニマス」が、イスラム過激派組織ISIL(いわゆる「イスラム国」)に「宣戦布告」しました。

 アノニマスは動画投稿サイトYouTubeにて「『イスラム国』をウイルスとみなし、退治する作戦を展開する。『イスラム国』が使用するウェブサイトやメール、SNSのアカウントを攻撃し、個人情報を暴露する」と予告する動画を投稿しました。

 その予告通りアノニマスは、ISILが用いていた1000件を超えるTwitterやFacebookなどのSNSアカウントを特定、閉鎖に追いこみました。またISILの使用していたメールアドレスまでも特定し、全てウェブ上に掲載したのです。

 ISILはこれまで、インターネット上の動画投稿サイトやSNSなどを積極的に活用することで、プロパガンダや情報交換、兵士のリクルーティングなどを行ってきました。アノニマスによる今回のサイバー攻撃で、ISILは少なからぬ打撃を受けたものと思われます。

 アノニマスは、今後も攻撃を継続するとしています。

 このようにISILに「宣戦布告」したアノニマス。その存在感は、日に日に高まっています。

 2011年のいわゆる「アラブの春」の際には、反政府活動を行う人々の支援を受けながら、エジプト情報省およびムバラク大統領(当時)のウェブサイトを攻撃し接続不能に追いこみました。2013年には北朝鮮の核開発に抗議し、同国のサイトをハッキングするなどしました。

 日本もアノニマスと無縁ではありません。2012年6月に可決された違法ダウンロード刑事罰化に対し、アノニマスは同月26日に財務省、自民党のウェブサイトを、翌27日には日本音楽著作権協会(JASRAC)の公式サイトをダウンさせるなどしているのです。

 ハッカーとアクティビスト(活動家)を組み合わせた「ハクティビスト」を名乗るアノニマス。もはや良くも悪くも国際社会という舞台のプレイヤーの座に躍り出たと言っていいでしょう。

ウェストファリア体制の黄昏

 アノニマスによるISILへの「宣戦布告」。

 このニュースに関して我々が注目すべき点は、2点あります。

 1点目は、アノニマスやISILといった非国家が21世紀における国際政治のアクター(行動主体)として浮上したということです。

 周知のように、1648年に三十年戦争の講和条約として締結されたウェストファリア条約以降、西洋世界では主権国家が国際政治のアクターと見なされてきました。近代化に伴う西洋世界の拡大によって、このルールは全世界に適用されるようになり、今日に至っています。

 こうしたシステムを、その礎となった条約の名にちなみ「ウェストファリア体制」と呼びます。そのウェストファリア体制が、今世紀に入りいよいよ動揺を見せはじめたのです。

 新しくアクターとして躍り出たのは、なにもアノニマスやISILだけではありません。NGO(非政府組織)もそうですし、グーグルのようなグローバルIT企業も国際政治のアクターたりえます。

 グーグルは2010年、中国政府による厳しいネット検閲に加え、同社の無料メールサービスが中国国内からと見られるハッカー攻撃を受けたことなどを理由に、中国市場からの撤退を検討していると表明しました。その後、グーグルは検閲の停止を要求して中国政府と交渉に当たりましたが、中国政府が譲歩する姿勢を見せなかったことから交渉は決裂。グーグルは同年3月、中国でのネット検索サービスから撤退しました。

 このニュースは、グローバル企業と現地政府とのトラブルという次元を超え、グーグルという一企業が中国という一主権国家を相手に「言論の自由」という民主主義の理念を求めて交渉したという点で特筆すべき出来事でした。

第5の戦場

 注目すべき第2の点は、今回のアノニマスによるISILへの攻撃が、サイバー空間を舞台とした「サイバー戦争」だったということです。

 これまで我々は、「戦争」といえば戦車がドンパチ、戦艦がこれまたドンパチ大砲を撃ちあうものだと思っていました。ミサイルや戦闘機がビュンビュン飛び交い、最後には歩兵が敵地にブスリと自国の旗を立ててミッションコンプリート、というイメージです。

 そうした図式が、もはや過去のものとなったことを我々は認識しなければなりません。いまや、戦場といえば陸海空のみならず、宇宙空間、さらにはサイバー空間の5つを指します。そして今回、アノニマスはこの「第5の戦場」としてのサイバー空間を舞台にサイバー戦争を仕掛けたのです。

 思えば、21世紀はイスラム過激派によるニューヨーク・世界貿易センターなどへの同時多発テロという衝撃的な形で幕を開けました。それから14年の歳月が経過し、「21世紀」という時代の本質がいよいよ現れてきたのをひしひしと感じます。

 従来の国家対国家による戦争が無くなるわけではありませんが、非国家対非国家のサイバー戦争がこれから随所で展開されるようになることでしょう。

 今回のアノニマスとISILの「戦争」は、21世紀という時代を象徴するものと言えるのです。

西部邁

古澤圭介

古澤圭介フリーライター

投稿者プロフィール

1984年、静岡県生まれ。横浜国立大学工学部卒業。ナショナリズム、ジェンダー論、言語学、映画、アニメ、将棋など幅広い分野に関心を持つ。

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