吹田市千年の街づくり ー 持続可能なまちづくりのために「物語」を紡ぐ

前回の投稿(吹田市の美しい文化や遺産を共有していく取り組み)における私の説明では、吹田市における文化遺産保護の取り組みが、全国の読者にどのような意味があるのか十分ご説明が出来ませんでしたので、この投稿で、その真意を少し詳しく書かせていただきます。

歴史的経験から垣間見れる奈良と吹田市の共通点

2015年1月2日のNHK総合テレビで放送された、「世界遺産ドリームツアー」という番組を見られた方も多いと思います。私はその番組を見ながら奈良と吹田市が似ているという思いを強くしました。政治力学という視点からは、保守優位と革新優位という違いがあるのですが、街の歴史に組み込まれた国際性が良く似ていると感じたのです。

奈良には710年に唐の長安をモデルに平城京が開かれました。752年に東大寺の盧舎那仏(るしゃなぶつ)の開眼式が行われましたが、アジアの広い地域から僧侶が招待され、1万数千人の参加者があったとされています。奈良には最高の仏教文化を伝え、研究する場としての寺院が沢山つくられ、広い奈良公園があり、正倉院が残されています。正倉院は当時のアジア世界の文化の粋を伝える宝箱です。さらには行政や市民が一体となって、さまざまな無形の文化を含めて当時の文化を伝えてきました。京都・奈良は1千年以上に渡って唐などから渡ってきた文化を守り発展させ続け、その結果が、世界の観光地として最も人気のあるスポット、魅力ある文化都市になったわけです。

吹田市では1970年に日本万国博覧会が行われました。日本万国博覧会はアジアで初めて行われた万国博で、戦争で世界と対立してしまった日本が、国際社会に復帰し、国民レベルで世界の人々と平和に触れあえること、そして高度成長を得た喜びに浸った瞬間でした。6400万人を超える人々が集まり、その意味でも、日本史的だけでなく、世界史的にも重要な国際交流が行われた訳です。その記念として、広い万博記念公園が残され、そこには、大仏ではありませんが、同様に宇宙をその中に持つ太陽の塔が立っています。そして、万博の趣旨を或る意味体現してつくられた国立民族学博物館があり、世界中の近代化以前の人々の生活について研究が行われています。吹田市には大学が民博の他に阪大を含め5つもあり、人口に占める学生・教員の割合が非常に高い市です。そして、都ではありませんが、日本で初めての本格的なニュータウンである千里ニュータウンが吹田市につくられました。大きな、素晴らしい、国際交流と文化の風が、地域に吹きこんできたという歴史的な経験が、奈良と、吹田市で似ていると言いたいわけです。

美しい文化都市「吹田市」の遺産をこれからも守っていくために

吹田市にある文化遺産がこの先1000年残せたら、吹田市が守っている文化の重要性は、世界的に見て非常に大きいものになるでしょう。特にグローバル化の中でアジア・アフリカのいくつかの国はおそらくその文化の大半を失い、今民博が行っている研究と収蔵品は、非常に大きな価値をもってくると思います。そして万博に溢れていた日本人と世界の人々との友好の思いを、世界の平和を希求するために、千年守っていくべきだと思います。

一方、最近の吹田市では、例えば医療産業の発展を口実に、千里ニュータウンの形を変えようなどという動きがあります。単純に言えることではありませんが、産業のために街の歴史を壊すことは、出来るだけ避けるべきです。最近、日本国内の吹田市と同規模の都市の産業がどのように変遷したかを調べる機会があり、産業というものが、どれほど簡単に一つの地域で生れ、そして衰退し、あるいは移転していくかを感じました。コミュニティーというものは、産業に過度に依存してはならず、産業の変遷を超えて生き残る強みを持たなくてはならないと感じました。川の流れに例えるなら、産業は川の水、都市は川底の石だと思うのです。

吹田市の場合、万博の歴史と千里ニュータウンの良さは、さまざまに人が手を加え、より純化し発展させながら、1000年伝える責任があり、その責任を果たすならば、それが強みとなって栄える千年先の良好な都市を今からイメージすることが可能だと思います。万博周辺や吹田操車場跡地などで、激しい開発の波が吹田市を襲っていますが、短期的な経済的利益よりも、街の良さ、文化、環境などを千年かけて積み上げて行く決意を、吹田市民に共有していただきたいと思い、市民の皆さんに、文化を守って守って世界一になった奈良と吹田市の類似性を話させていただいております。是非、全国の皆さんも万博記念公園と民博、そしてEXPO‘70パビリオンに足を運んでいただき、吹田で守られている文化を感じていただきたいと思います。

そして、日本のどの地域でも、地域の核になる文化と歴史、あるいは地域の特色ある自然を核にした物語を紡ぎあげることが可能であり、そしてその物語が、その地域に継続的な人間の営みを定着させるツールになるのではないかと皆様に提案させていただきます。
私が以前の投稿で少し申し上げた、議論により共通の理想・枠組みを作り、それを力をあわせて運営・実現する政治につながるのではないかと考えるのです。

お読みいただき有難うございます。

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西部邁

山口 克也

山口 克也吹田市議会議員

投稿者プロフィール

昭和38年12月1日大阪生まれ。東京大学法学部卒。
会社員、アメリカ留学(MBA)を経て、1999年吹田市議会議員に初当選。市長選、衆院選の後、2011年の地方統一選挙で再選、2期目。著書「地球温暖化と闘う愛」「アース・チルドレン

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