今更聞けないTPP ー なぜアメリカはISDS条項で負けないのか

議会

 2014年2月25日、TPP閣僚会談後の声明を受けて、TPP協定交渉の行方がますます不透明になってきました。4月に予定されているオバマ大統領のアジア訪問に伴う日米首脳会談で、大きな政治的決断が予想されるという向きの報道もないわけではありませんが、前回書いたように、オバマ大統領は通商交渉で譲歩できる状況にありませんので、もし無理やり政治的判断を行うということになれば、安倍首相が譲歩するしか道はありません。しかしそれでは安倍政権が持ちませんし、相手が動けないと分かっている状況で譲歩することほど愚かなことはありませんので、日本としてアメリカが満足するほど譲歩することも考えられません。となると4月の首脳会談はそれほど大きな意味を持たないと考えてよさそうです。
 そこでこの機会に、TPP協定交渉の問題点について、賛成派、反対派両方の意見も踏まえて振り返って考えてみたいと思います。

そもそもISDS条項って何?

 TPP協定交渉の中で、最も問題が深刻だと言われているのがISDS条項です。Investor-State Dispute Settlementの頭文字を取ってISDS条項といったり、ISD条項と呼んだりします。従来型の協定では紛争解決の項には国対国の間に起こる紛争解決の項目があり、問題が発生したときに協定を結んだ国同士がどのように解決するかをあらかじめ取り決めておくことになっています。それに加えてInvestor(投資家)対State(国家)の紛争解決に関する条項、つまり企業や投資家が国家を訴えることができるという条項が入っているということです。
 ISDS条項に関しては、これまでの協定で使われてきた国際投資紛争解決センター:International Centre for Settlement of Investment Disputes(ICSID)が世界銀行傘下であるとか、アメリカがISDS条項で訴えられても負けたことがないとか、果ては仲裁人が賄賂をもらっていて、多国籍企業の都合がいいように裁かれてしまうのだという怪しい理由まで、さまざまな批判がなされています。これに対して推進派や政府は、日本が結んだFTAやEPAにはほとんどISDS条項が含まれているので問題ないと言いますが、それはTPP協定に組み込まれるISDS条項の本当の問題をわざとはぐらかす表現です。
 前述のICSIDによるISDS条項の説明によると、

協定に盛り込むに当たって大切な点は、自国の政策を保護することと国の政策の裁量を確保する利益と、自国への投資が促進され、雇用等が増える利益とのバランスを考えて、投資・貿易協定にISDSを組み込む必要があるのである。逆に、ISDS条項がないことによってある国の企業から訴訟を起こされるリスクがないということは、外国が日本に投資しても海外企業にとって救済措置がないということの裏返しでもある。
 要するに、義務や留保の内容を協定の中でどのように明文化するかという問題に行き着く。過去10~15年でISDSが急増してきた結果、相当の判例が積み上がってきており、今では、ある一つの条文が何を意味し、何を意味しないかの共通理解ができている。現在、投資紛争解決手続を含む協定は3000にも及んでいる。(平成24年1月25日(水)TPPを考える国民会議米国調査団報告会/第26回TPPを慎重に考える会勉強会の配布資料より)

とあります。結局、協定の内容によってISDS条項が危ないものなのか、参加国にとって必要な内容なのかは違ってくると言えますので、ISDS条項そのものが問題であるという指摘はTPP協定を否定する材料としては非常に弱いと言えます。
 また米韓FTAには非違反申立てという条項があり、これは協定義務違反ではなくても訴えることができるという内容です。最近締結された豪韓FTAにも同じ内容が入っています。これらは国対国の関係ですから、ISDS条項とはまた違う枠組みで考えなければなりません。一方の国が、協定義務違反ではないけれど、文言の抜け穴を狙って協定の目的を損ねるような意表を突いた政策を打ってくることに対抗するために入っていると考えればいいでしょう。

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西部邁

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