「万引き記録で自殺した中学生」と「保育園落ちた日本死ね」について――曽野綾子女史に物申す

 貧困といえば、曽野氏は次に、例の「保育園落ちた日本死ね」のブログがあまねく拡散し、物議をかもした現象に言及しています。これについても氏は見当外れのことを言っています。

 このブログの薄汚さ、客観性のなさを見ていると、私は日本人の日本語力の衰えを感じる。言葉で表現することの不可能な世代を生んでしまったのは、教育の失敗だ。(中略)
 子どもたちに毎週作文を書かすと読むのがたいへんだからと、作文教育を怠ってきた面はないか。
 SNSに頼り、自分の思いの丈を長い文章で表す力をついに身につけなかった成人は、人間とは言えない。

 SNSでの表現の多くが、その即応性という安直さのためにまともな日本語になりえていないことは認めますが、氏はSNSの中にも立派な表現が数多くあることをご存じないらしい。それはまあ、ご高齢でもあるし、いいとしましょう。
 また、現在の国語教育が作文教育をおろそかにしていることも事実です。しかし超多忙に追われる(その多忙さの中には強制された無駄も多い)今の教師に、それを要求することは無理です。私もこの問題について一文を物したことがありますので、ご関心のある方は参照してください。http://asread.info/archives/1539
 それにしても、曽野氏は、「保育園落ちた日本死ね」というブログの背景にある経済問題、政治問題にまったく目をつむっています。先の万引問題と合わせて、ことをすべて家庭教育や学校教育や言語表現能力の問題にすり替えています。これが精神論者の最大の弱点です。
 家庭に正義を重んじる空気があれば子供は万引などしない? そんなバカなことはない。失礼ながらええとこ育ちのお嬢さんの甘さ丸出しです。ある年齢以上の子どもは家庭からの自立衝動に旺盛に突き動かされます。堅苦しい正義を重んじる空気の圧政が子どもを非行に走らせる例など数え切れないでしょう。また、この中学生と直接の関係はありませんが、経済的にゆとりのない家庭ほど、子どもの幼児期から公式的な倫理道徳をヒステリックに強要しようとする傾向が強く、それがかえって非行への引き金になることもあります。
 いま日本は不況のさなかにあるだけではなく、中間層が脱落し、貧富の格差が激しく広がりつつあります。しかもそれは、政府がとっている消費税増税政策や規制緩和政策、また必要な景気回復策を取らない不作為などに根本的な原因があります。これらの誤った政策は、低所得者層を直撃しています。このブログを書いた女性がどれくらいの年収を稼いでいるのかわかりませんが、その激しい憤りの様子から見て、子どもを保育園に預けて低賃金のきつい仕事に耐えなければ、生活の維持もままならない状態に置かれていることは確かだと想定されます。そうしてこのツイートは、どこに怒りを向けるべきか、その矛先を正確に見抜いています。
 なおこのブログは共産党のやらせだったという説が一部に流れていますが、だからといって事の本質は変わりません。共産党ならいかにもそんなことをやりそうですが、ブログの表現内容そのものが間違っているわけではありません。
 曽野氏が表現の口汚さ、稚拙さに嫌悪を感じるのはまったくご自由ですが(私も好感は持ちませんが)、ある程度の経済的な豊かさがなければ満足な家庭教育もままならないこと、憤りの感情そのものは、取り巻く社会環境の悪化によって、学校の作文教育などと関係なく立ち昇りうることなど、当たり前の事実を氏はまったく見ようとしません。普通の庶民なら、この女性の声の意味するところをすぐに理解して共感を示すでしょう。氏は、二つの事件の背後にある具体的な事情を何ら想像してみようともせずに、すべてを道徳論で片づけようとしています。こうした精神主義が百害あって一利なしなのは、現実を見る目を曇らせる作用しか及ぼさないからです。
 最後に氏にお尋ねしてみたいのですが、「人間とは言えない」とまで決めつけられたこの女性を「人間」にするには、学校の作文教育以外に何が必要でしょうか。十分な作文教育さえあれば「人間」になれるのですか。

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西部邁

小浜逸郎

小浜逸郎

投稿者プロフィール

1947年横浜市生まれ。批評家、国士舘大学客員教授。思想、哲学など幅広く批評活動を展開。著書に『新訳・歎異抄』(PHP研究所)『日本の七大思想家』(幻冬舎)他。ジャズが好きです。

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コメント

    • 和田啓二
    • 2016年 4月 22日

    「万引は「失敗」ではない。「確信犯」である。計画して盗みをするような人間には、高等教育などを受ける資格はない。」 ?曽野綾子にブーメラン。 「ある神話の背景」の誤った記載は事実誤認ではない。意図的に嘘を連ねたものである。計画的に集団自決強制の正当性を刷りこませるような人間に生きる資格はない。 船舶特攻について大本営は各基地間又各基地内でも二重の分散配置を行った。赤松が1944年暮れ近くにもなって既に完成間際の留利加波基地を放棄し基地を集中したことは軍首脳の意向ではない。皆本は留利加波のニッパハウスが居心地が悪く蚊に悩まされたと語る。死ぬ時は一緒でというのが表向き、本音は死ぬ前に阿波連民家に下宿し生を楽しみたかったのだ。阿波連放棄により、勤務隊の本部壕建設が遅れ、朝鮮人軍夫を貸した。このことが赤松隊の泛水失敗の主因。このことを始め、曽野は赤松隊個別尋問の嘘、泛水時潮位干潮という嘘、知念先頭なのに富野先頭の嘘、大町大佐が鰹船の存在を尋ねたのに刳り船と改竄などおよそ考えられるほとんどの事実について嘘を連ねる。曽野は未だに嘘を訂正しない。 自民系を称えることは言論の自由で自民系の批判をすること、現政権を批判することは許しがたいとする。 どうしてもオウムや金王朝の手本となった中外血縁擬制序列イデオロギーに染まっていた戦前日本に回帰したいのだ。

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