TPPで法律が変わらないなら承認してもいいのか?

 ついに2016年1月7日、英文による公開から約2か月遅れて、しかし予定されている2月4日の署名後にならないと出さないと言っていた時期より若干早く、TPP協定の全文暫定訳が政府サイトに掲載されました。同じ日付で英語版のリーガルスクラブが完了していたという報道があり[注1]、ついにTPP協定の条文が確定したようです。このタイミングで出てきたのは、政府が署名前になんとか間に合わせて国会での追及を和らげようとした意図を指摘されていますが。今回公開されたのは「TPP協定の暫定仮訳」と「TPP交渉参加国との間で作成する文書(暫定仮訳)」です。後者はいわゆるサイドレターで、日米並行協議の結果も含まれており、とても重要な文書です。

 条文を読めば分かりますが、具体的な内容は「付属書」に記載されていることが多くとても重要な要素ですが、「付属書」の翻訳は外務省が担当しているようで、今のところいつ公開されるのかも不明です。「付属書」の公開が遅くなるのは当然と言えば当然で、協定の本体とサイドレターは合わせても500ページ未満に対し、章別と国固有の付属書は合わせると6500ページを超え、その量は膨大です。本体とサイドレターに比べて翻訳の公開に時間がかかるのも理解できます。もちろん承認するための国会では「付属書」がなければ審議できませんので、署名後には速やかに出てくることを期待します。

 そうは言っても11月5日に公開された「TPP協定の全章概要(別添・附属書等)」の内容はかなり詳細なものですから、日本に関係する部分については十分把握できると言えます。

 考えてみると、内閣官房がTPP協定交渉を担当し、日米並行協議は外務省が担当していましたので、内閣官房は交渉中、日米並行協議の詳細を把握していないこともありました。このように交渉していない条文の翻訳を担当することで、お互いが協定の内容を十分に把握することになるということなのかもしれないと好意的に捉えておきます。

 さて、ついにTPP協定の全容が日本人にも明らかになったわけです。繰り返しになりますが、条文を公開せよ、と言い続けてきたのに、いざ出てきたら結局読まない、ということが無いようにお願いします。

法律を変えなくてもいいなら承認すればいい?

 「TPP協定に伴い法律改正の検討を要する事項」[注2]と題された政府資料を見てみると、たった6項目しかありません。1月6日に政府が自民党に提示したTPPに伴い提出を予定している法案は11本。 [注3]これで、ああ、TPPは思ったほど私たちの生活を変えることはなさそうだ、良かった、と思うのは早計です。やっかいなことに、日本制度は既にTPPによってこうなるのではと心配されてきた方向に向かって、TPPのずっと前から国民が気付かないうちに、あるいは交渉期間中に「TPPと関係ない」という見え見えの言い訳と共に変えられてしまっていることです。

 政府がこれまで言ってきたように、今回合意されたTPPそのもので日本の制度が大きく変わることはないかも知れません。世界中が拒否したACTA批准の際、当時与党だった民主党議員が官僚の説明を受けて「法律が変わらないならいいですね」と承認した同じ言葉を、今度は自民党議員から聞くことになるのでしょうか。

法律を変えなくてもいいなら承認してもいい?条文も読まずに?

 日本の場合は、未だ日本語の仮訳すら出されていないうちから、まず対策ありきで話が進められてきました。署名されれば国会承認の手続きを粛々と取ることになり、いくら本音ではTPP協定参加反対だとしても、自民党議員は党議拘束により賛成票を投じることになり、遠からず国会で承認されることは避けられないでしょう。しかし、このまま協定文も読まない国会議員が、私たちの暮らしに大きな影響を与えることが明白なTPP協定を承認してしまっていいのでしょうか。

 現在の議員数を見れば、最終的には承認されることは間違いないとしても、少なくとも協定文を日本の法律と照らして検証してもらう必要があるのではないでしょうか。そのためには、私たち自身が協定の内容を正確に把握してTPP協定が日本に与える影響について熟考し、国会議員に働きかけることが必要です。ましてやこのどさくさに紛れてTPP協定を推進してきた投資家の都合の良い解釈で日本の制度を変更しようとする動きを見逃してはいけません。

規制改革ロンダリングを認めてはいけない

 TPPはこっそり変えてしまった日本の制度を、後追いで元に戻せないよう楔を打ち込む作業なのです。

 例えば日米並行協議の結果として、規制改革会議に外国投資家らの意見を「定期的に規制改革会議に付託」し、「日本政府は、規制改革会議の提言に従って必要な措置を取る」[注4]ことが決まっていますが、その存在そのものが疑問だらけの規制改革会議を将来廃止しようとする政府があったら、廃止してもいいのでしょうかと政府に質問すると、明らかにそうしたことを想定していないと分かる口ぶりで、法的拘束力はないので・・・と返ってきます。

 医療も食の安全も高等教育も、サービス=商品になってしまえば、国家が公共の目的のために行う施策も、投資家に対してそれが公共の目的だといちいち証明しなければならないという状況で、本当に国会議員はその役割を果たすことができるのでしょうか。TPPで法規制が変わらないからいい、ではなく、政治家として取り組んでいる政治課題を制度化するときに、果たしてTPPのためにできない、ということにならないだろうか、この視点で考えていただきたいのです。

注釈:
注1:TPP Faces Uncertain Future, With Lawmaker Objections, Elections Looming (IUST) 2016年1月7日
注2:TPP協定に伴い法律改正の検討を要する事項(内閣官房TPP政府対策本部) 2015年11月5日
http://www.cas.go.jp/jp/tpp/pdf/2015/13/151105_tpp_kentoujikou.pdf
注3:政府、TPP関連11法案提出へ 畜産支援や特許法改正(日経新聞)2016年 1月8日
http://www.nikkei.com/article/DGXLASFS08H30_Y6A100C1PP8000/
注4:【暫定仮訳】ホ 保険等の非関税措置に関する日本国政府とアメリカ合衆国政府との間の書簡(内閣官房TPP政府対策本部)2016年1月7日
http://www.cas.go.jp/jp/tpp/naiyou/pdf/sl_zanteikariyaku/160107_sl_zanteikariyaku17-5.pdf

西部邁

まつだよしこ

まつだよしこ翻訳家

投稿者プロフィール

「Facebook公開グループTPPって何?」の管理人グループの一員としてTPPに関する情報を収集し、TPPに関する正しい情報を発信する活動をしています。米国上下両院全議員宛に自民党決議文および農水委員会決議文を送るなど、海外への情報発信にも力を入れています。

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