TPP妥結に必要なTPA法案成立で、あの修正案はどうなったの?(その1)

 オバマ大統領の貿易政策をめぐる攻防は、4月16日の上院財政員会への法案提出から2か月以上の攻防を経て、6月29日にオバマ大統領がTPA法案に署名、13年ぶりにファスト・トラックが復活して幕を閉じました。TPA法案成立の過程をリアルタイムで観察するうちに、米国議会の立法手続きが、非常に厳格に定められている割に、長い間の攻防を通して、策定時にはおよそ想定していなかったに違いないと思われる手法によって、信じられないほど柔軟かつ多数派による強引な成立を可能にする仕組みになっていることが分かってきました。
 TPP協定交渉妥結・署名へのカウントダウンが始まった、とする報道もありますが、ホワイトハウスのウェブサイトに掲載された法案成立を知らせる解説には、「為替」や「人身売買」、「気候変動」など、問題となったキーワードは出てきません [注1]。一体あの修正案はどうなったの、という質問が多数寄せられましたので、まずは問題のある修正案の行方が見えなくなってしまった理由について説明します。

面倒な修正案は税関再授権法へ

 TPA法案と貿易関連法案は、4月22日に上院財政員会、4月23日に下院歳入委員会で承認されました。ほとんど同じタイミングで同じ内容の法案に対して審議をしましたので、それぞれに出された修正案を反映させると、上院と下院の法案が違うものになってしまうことがあります。その場合、両院協議会を開いて違いを解消しなければなりません。せっかく苦労して上下両院で承認した法案を、両院協議会で話し合って一つの法案に統一して、それをもう一度上下両院で審議して投票し直して、改めて承認を勝ち取らなければならないのです。もしそこで承認されない場合、その法案はそこで終わってしまいます[注2]。
 そこで、TPA推進派はなんとか2度目の投票をせずに済むよう、TPA法案、TAAプログラム更新、特恵法、税関法の4つの法案を審議する過程で発生する問題ある修正案を、全て税関再授権法に入れてしまおう、と決めました[注3]。税関再授権法(通称税関法)が成立することで、自動的にTPA法案が修正されることになりますので、オバマ大統領が署名したTPA法案は、最終的なTPA法案の形ではありません。
 反対派はTPA法案推進派のなりふり構わぬやり口に強く抗議し、それぞれの法案について十分な審議をすることを要求しました。しかし、議会は上下両院ともに共和党が占め、そして民主党から選ばれた大統領であるにも関わらず、伝統的に民主党が反対する貿易政策を強力に推進する大統領を相手に、健闘むなしく押し切られてしまったのです。

税関法が上下両院で食い違ってしまった理由

 上院財政員会で4月22日、下院歳入委員会で4月23日に承認された税関法に組み込まれたアンチダンピング(AD)や相殺関税(CVD)回避を防ぐための修正案は、上院版は「Enforce Act」、下院版は「Protect Act」と呼ばれて早くからその違いを調整するための両院協議会開催が必要とされてきました。
 なぜこのような違いが生まれたのかといえば、上院では2011年に財政委員会で承認された後、本会議にかけられずに眠っていた「Enforce Act」、下院では2012年に下院で提出されていた「Protect Act」という、基本的な目的は同じでも、取締りの監督官庁や、具体的な方法、期限などに違いがあるものを承認したからです。
 下院で税関法が歳入委員会の公聴会にかけられた際での審議の際、ランキング・メンバーのサンダー・レビン議員が独自のTPA代替法案を作成しましたが、委員長のポール・ライアン議員はレビン議員の修正案はもとより、委員会での修正案をほとんど認めませんでした。その中で一つだけ承認された修正案が税関法に組み込まれた「Protect Act」でした。本来ならそれぞれの貿易委員会で、これらの貿易関連法案を提出する際に、すり合わせをしておくべきだったのでしょうが、そうした余裕はなかったということでしょう。
 補足として、ADとCVDを強化するための法案として、「Enforce Act」とは別に民主党上院のシェロッド・ブラウン議員が提案して上院で承認されていた「公正な競争法」について、ライアン歳入委員会委員長は民主党議員が賛成しやすくなるように、下院でも税関法に入れることを約束していましたが、先行きがまだわからない税関法ではなく、すぐに承認を控えた特恵法に入れることで、TPA法案承認のダメ押しとしました。
 ブラウン議員が上院でTPA法案が承認された後、TAAと特恵法に対して長時間の審議を求めないと発言したのは、TPA法成立を阻止することはかなわずとも、「公正な競争法」の成立が確実になったことを一定の成果とみなしたと考えて良いでしょう。

税関法の両院協議会開催予定

 税関法成立のためには、両院協議会を経て再度上下両院での採決を経る必要があります。TPA法案の中身が確定するまで、TPP交渉を進めたくないという国もあります。7月末までにせめてTPP協定の大筋合意だけでもと考えているオバマ政権の意向に合わせるとすぐにでも行わなければなりません。今のところ上院は両院協議会にこの法案を送る手続きを済ませましたが、下院は7月6日時点で今月中に処理をすると予定表にあるだけです。
 次回は具体的な修正案について追っていきます。

→ 次の記事 「TPP妥結に必要なTPA法案成立で、あの修正案はどうなったの?(その2)」を読む

注釈:
注1:署名に際してのホワイトハウスによる解説
https://www.whitehouse.gov/blog/2015/06/29/trade-here-s-what-president-signed-law
注2:How Our Laws Are Made/ XV. Final Action(The Library of Congress THOMAS)
http://thomas.loc.gov/home/lawsmade.bysec/final.action.html
注3:Committee Leaders To Use Customs Bill For TPA Fixes, Other Issues(IUST)2015年5月28日

参考:
米国国土安全保障省 税関・国境取締局 (CBP)(在日米国大使館HP)
http://japan2.usembassy.gov/j/info/tinfoj-cbp.html
Senate ENFORCE and House PROTECT bills could subject U.S. importers to new antidumping and countervailing duty evasion allegations(Timothy J. Ford)2015年4月24日
http://www.lexology.com/library/detail.aspx?g=28b00b93-c209-4826-aa13-0dfefc1ef2e3

西部邁

まつだよしこ

まつだよしこ翻訳家

投稿者プロフィール

「Facebook公開グループTPPって何?」の管理人グループの一員としてTPPに関する情報を収集し、TPPに関する正しい情報を発信する活動をしています。米国上下両院全議員宛に自民党決議文および農水委員会決議文を送るなど、海外への情報発信にも力を入れています。

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