近代を超克する(24)対リベラリズム[7]ミル

「近代の超克」特集ページ

 ジョン・スチュアート・ミル(John Stuart Mill, 1806~1873)は、イギリスの哲学者で経済学者です。社会民主主義や自由主義思想に多大な影響を及ぼしました。晩年は自ら社会主義者を名乗っています。

中村敬太郎によるミルの翻訳

 日本では明六社の中村敬太郎[正直・敬宇](1832~1891)が、ミル存命中イギリスに留学し、帰国に際して友人より贈られたミルの『自由論(On Liberty)』を『自由之理』として明治五年に訳出しています。

ミルの自由

 ミルの『自由論(On Liberty)』では、人々がよいと思っていることを自身に強いられることよりも、自分がよいと思うことを各人が許しあうことの方が利益を得られると考えられています。ミルは、自由は人が欲することを行なうことの中にあると言います。そのため、他人からの配慮や忠告や警告は構わないのですが、自分自身で決定することをミルは説いています。自身の行為は、他人の利害に関係しないかぎり責任が発生しないというのです。なぜなら、自身が犯す全ての誤りより、他人が自分のために強いるという害悪の方がはるかに大きいとミルは考えているからです。
 ミルは、人間の自由を三つの領域に分類しています。良心による意見や感情の自由、嗜好や職業などの生活の自由、目的のための団結や結合の自由です。これら三つの自由が尊重されたとき、自由な社会であるとミルは述べています。
 ただし、他人の利益に損害を与えるような行為については責任があり、社会的な世論による罰や法的刑罰を受けることが示されています。危害の防止のみが他者の自由に干渉できるのであり、他人の幸福を奪ったり、他人の努力を邪魔したりする自由はないということです。正当な理由なしに他人に害を与えるような行為は、干渉によって抑制されるため、個人の自由は制限されるというのです。
 ミルは、自由は改善を永続的に確実に生み出すと考えています。自由は、習慣や伝統と敵対し、そこから人々を解放するものだと言います。習慣による状態は歴史ではないとさえ述べています。ミルの自由においては、彼が考える自由の原理を放棄する自由を認めてはいません。

ミルの検討

 ミルの自由について検討していきます。
 自分の私的側面から考えると、公的に善いとされることを強いられることよりも、私的に良いと思うことが許されていることの方が、利益があるといえます。しかし、自分の公的側面から考えると、私的欲求が引き起こす誤りは、公的善の暴走と同じく、ときにはそれより酷く、世の中に被害を撒き散らします。少なくとも、自身の犯す過ちが、公共性による規制よりもはるかに被害が少ないなどと述べる人物は、疑わしいと思うのが普通です。私が好き勝手にすることが、皆にとっても良いことになるのだという話は、おそらく皆は信じてくれないでしょう。
 ミルの提案している自由の制限についても、ミルが世の中を極めて単純化しているため不十分です。悪しき行為には、直接的な危害が現れる行為だけではなく、潜在的に世の中の危険性を上げてしまうような行為もあるのです。例えば、少女売春や危険薬物の乱用、「危害が直接的でなければどのような行為をしてもいいじゃないか」と言うこと、などが挙げられます。これらの行為は、世の中の危害の発生率を上げてしまうのです。
 また、ミルは自由のために伝統や慣習に否定的ですが、それも間違っています。慣習や経験は、正しさを解釈するための重要な財産です。それらを否定することは、解釈のための材料を減らしてしまうことになります。仮に、今まで正しく解釈されてこなかったのだとしても、それは今後の正しく適切な解釈のために用いることができるものなのです。その慣習が善いものならば、その理由により、それに同調することは正しいことなのです。その慣習がよい慣習だから従うのは正しく、悪い慣習なのに従うことは間違いだという簡単な話です。その判断が、歴史や伝統によって可能になります。それゆえ、歴史や伝統には、ある種の優越性が示されることになるのです。
 自由の原理については、ミルはそれを放棄する自由を認めていません。つまり自由とは、自由を肯定する者が認める価値の中でしか、認められないものなのです。その範囲は、当然ながら、自由を肯定する者が自由に決めるのです。このことが、どれだけ悪用できるか、また歴史的に悪用されてきたことか。
 以上のように、ミルによる自由の肯定は失敗しています。

→ 次ページ「ミルの言論の自由に対する反論」を読む

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西部邁

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