TPP妥結に必要なTPA法案成立で、あの修正案はどうなったの?(その2)
- 2015/7/11
- 経済
- TPP
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前稿でTPA法案をめぐる攻防中に注目の修正案がどこかに行ってしまい、行方が分からなくなってしまった背景について説明しました。本稿では、最も注目されていた「為替条項」と、現在、早急に解決が求められている「人身売買条項」について確認しておきましょう。
二つの為替条項
為替に関する修正案で注意しなければならないのは、注目すべき為替条項はTPA法案に入ったものと、税関再授権法に入ったものの二通りあるということです。
日本政府はTPP協定交渉で万一法的拘束力のある為替条項が入った場合は、交渉から撤退しなければならないとしていましたが、それを要求したのが一つ目、TPA法案への修正案である「ポートマン‐スタベナウ為替修正案」でした。ホワイトハウスや指導部は米国自身の金融政策にも縛りが出てきてしまうとして強く反対しました。
しかし関税よりもむしろ為替の変動で製造業が大きな影響を受けてしまうとして、この修正案は超党派の多くの議員から支持されており、上院財政員会での投票でも賛成15対反対11と承認こそされませんでしたが、この修正案を支持する人々にとっては手ごたえのある数字で、本会議ではより多くの賛同が得られる可能性があるとして再度提案することを表明していました。
仮にポートマン‐スタベナウ為替修正案が承認されれば、日本か米国がTPP交渉から離脱する事態になりかねません。といって為替条項を強硬に排除すれば、TPA法案そのものが否決されてしまいます。そこでTPA推進派の指導部やホワイトハウス、財務省などが協議して、ポートマン‐スタベナウ為替修正案の代わりに、調整した為替に関する修正案を入れることになり、そちらが承認されました[注1]。
二つ目の為替に関する修正案は、『TPA法案審議の裏で、為替版スーパー301条誕生か!?』で紹介したシューマー修正案です。簡単に言うと、通貨安国の商品が、輸出補助金を受け取っているのと同じような効果を得て安く輸出していると米国が判断した製品に対して、一方的な相殺関税を課す、というものです。極めてアメリカ議会らしい、国際ルールを無視した法律ですから、米国政府としてはこの修正案をそのまま通すことは、なんとか阻止したいところです。とはいえ、上院財政員会で先に18対8というより強い結果で承認されたこの修正案には民主党のキーパーソンでもあるワイデン議員も賛成票を投じていますので、そう簡単には覆すことができないのです。
両院協議会のメンバーに、このシューマー議員も含まれていますので、今後この修正案がどのように扱われることになるのか、引き続き注意が必要です。
早期解決が求められる「人身売買条項」
TPP交渉に直接影響があるとして、早い解決が求められているのが、上院財政員会でTPA法案に入ったメネンデス議員による「人身売買条項」です。国務省の年次報告書に、人身売買をなくすための政府の対応が最もひどいカテゴリ「Tier3」に入れられたどの国とも拙速に十分な考慮もせず自由貿易協定を結ぶことを禁じる、というもので、TPP協定参加国ではマレーシアが対象になっています。つまり人身売買条項により、TPA法案があってもTPP協定はファスト・トラックの対象外なのです。
これではTPA法案を通す意味がありませんので、推進派はすぐに修正を試みましたが、委員会から出された修正案は提出の順番通りに一つずつ片づけていかなければならず、そこに修正案を割り込んで審議するためには全会一致の合意がなければならない、という上院議会の修正案に関する厳格なルールにより、修正案を審議することができませんでした。
そのため税関法に、対象となる国が人身売買に対抗するために、総務省による主要な忠告を実施する確固たる行動をとっていることを提示することができれば、米国政府はこの人身売買条項を解除する手続きが取れるという条項を追加することにしたのです。
ですから税関法が成立し、TPA法の最終形がはっきりするまでは、マレーシアはもちろん、他の参加国も最終的な判断を控える可能性があると見られています。
税関法の両院協議会進行状況と意外な展開!?
税関法成立のためには、両院協議会を経て再度上下両院での採決を経る必要があります。7月末までにせめてTPP協定の大筋合意だけでもと考えているオバマ政権の意向に合わせるとすぐにでも行わなければなりません。今のところ上院は両院協議会にこの法案を送る手続きを済ませましたが、下院は7月7日の議会記録には7月8日に下院から税関法を両院協議会へ送る動議を、とありますが8日に動議が発せられることはありませんでした。
代わりに8日(日本時間9日)になって、そもそもこの「人身売買条項」とTPP協定交渉の関連を断ち切る報道が飛び込んできました。来週公表される予定の国務省年次報告書で、マレーシア評価が「Tier3」から改善がみられるとして「Tier2」に引き上げようとしているというスクープが流れてきました[注2][注3]。そうなると、TPP協定へのTPA法案の影響が格段に低くなり、早急に税関法が成立する必要が薄れてきます。ホワイトハウスは今のところこの報道に対して発言を控えています。
AFL-CIOのトラムカ会長は「自由貿易協定を推進するためになされた報告書の妥当性を損ねる政治的な判断」として即日怒りを表明しました[注4]。例年、6月20日前後に公表されるこの年次報告書がまだ出ていないのでどうなったのかと思っていましたが、もしこのタイミングで評価引き上げが実際に行われたとしたら、何のために法律があるのでしょう。
TPPを推進するに当たって安倍首相が頻繁に参照する「価値観を共にする国々」とは果たしてどのような価値観を意味するのか、安倍首相にはぜひ詳らかにしていただきたいと強く感じます。
注釈:
注1:米上院、TPA法案可決へ前進 報復措置除外の為替修正案を可決(ロイター)2015年5月23日
https://www.whitehouse.gov/blog/2015/06/29/trade-here-s-what-president-signed-law
注2:Exclusive: U.S. upgrades Malaysia in annual human trafficking report ? sources (REUTERS) 2015年7月8日
http://www.reuters.com/article/2015/07/09/us-usa-malaysia-trafficking-exclusive-idUSKCN0PJ00F20150709
注3:米「人身売買報告書」、マレーシアの評価引き上げ=関係筋(ロイター)2015年 07月 9日 11:52 JST
http://jp.reuters.com/article/worldNews/idJPKCN0PJ09M20150709
注4:AFL-CIO Condemns State Department Upgrade of Malaysia on Trafficking List (AFL-CIO プレスリリース)2015年7月9日
http://www.aflcio.org/Press-Room/Press-Releases/AFL-CIO-Condemns-State-Department-Upgrade-of-Malaysia-on-Trafficking-List
参考:
TPP・TPA と為替操作の取扱いについて(JC総研)2015年5月26日
http://www.jc-so-ken.or.jp/agriculture/pdf/150526_01.pdf
TPA 法の施行等について(JC総研)2015年7月8日
http://www.jc-so-ken.or.jp/agriculture/pdf/150708_01.pdf
米国務省:人身売買に関する年次報告書
http://www.state.gov/j/tip/rls/tiprpt/index.htm
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