近代を超克する(8)対デモクラシー[1] ヘロドトスとトゥキュディデス

「近代の超克」特集ページ

 近代的な価値観を超克するために、ここからしばらくは、政治上におけるデモクラシー(民主主義、民衆政治)について検討していきます。

政治について

 政治とは、複数の人間が生活するための規準を決める活動、および規準に則った統治を意味する言葉です。一般的な国家は、政府によって特定の政治制度を採用しています。政治は私たちみんなの生活に影響しますから、どのような政治制度であるかは非常に重要です。
 現在の日本の政治制度は、デモクラシー(民主政体)だと言われています。民主政体であるデモクラシーのことを日本では、民主主義と呼ぶことがあります。そして、民主主義(民主政体)は素晴らしいと言われていたりします。しかし、その根拠は疑わしいものです。
 ちなみにデモクラシーなどの政治的表現は外国語なので、日本語訳がいくつもあるので注意が必要です。政治的側面を強調するときは、民主政と訳され、制度的側面が強調されるときは民主制と訳されることもあります。今後は参考にしている本の訳し方にそって表現していきますので、民主政や民主制などの細かい違いは、それほど気にしないでください。
 さて、デモクラシーが本当に素晴らしいものなのか、そうではないのかを判定するためには、政治学の知識が必要になります。しかし、現代の政治学を勉強するだけでは不十分でしょう。なぜなら、そこではすでにデモクラシーが価値あるものと前提されてしまっており、デモクラシーそのものを疑ってみる視点が十分ではない可能性があるからです。
 ですから、政治の歴史学が求められることになります。そこでは、現代の政治学は過去のそれよりも優れているという見解に立たないということが必要です。現代の政治学と過去の政治学を、それぞれ対等に見比べて、優劣を論じることが重要だということです。
 予め目指すべき方向を示しておくなら、デモクラシー(民主主義、民主政体)に批判の目を差し向けます。その代わりに、推奨すべき政体として混合政体について考えていきます。

西欧の政治制度

 政治の制度を考える際に、西欧の政治学を参考にすることは重要です。
 その理由は大きく分けて二つあります。一つ目は、西欧の歴史において、政治学に関する考察は大きな蓄積を誇っており、参考とするに十分な内容を兼ね備えているからです。二つ目は、日本の政治を考える上で、比較可能な政治制度が必要であり、その対象として西欧の政治学は申し分ないと考えられるからです。
 これらの理由から、西欧における政治学を参照していきます。まずは古代ギリシャの歴史家から、ヘロドトス(Herodotus, 484?~425?B.C.)とトゥキュディデス(Thukydides, 460~395B.C)の見解を参照してみます。

ヘロドトス

 ヘロドトスの『歴史』には、オタネス、メガビュゾス、ダレイオスという三名の登場人物によって優れた政治についての議論がなされています。
 まずオタネスが、独裁制によって君主は堕落するため、公論によって決まる民主制が良いと主張します。そこでは、万民同権(イソノミア)という概念が提示されています。
 次いでメガビュゾスが、独裁制の悪逆と民主制における大衆の愚劣と横着を根拠とし、優れた人材が優れた政策を行う寡頭制が良いと主張します。
 最後にダレイオスが、寡頭制では敵対関係によって内紛が起こり、民主制では悪の友愛によって何者かが先頭に立つため、結局は最も優れた人が見事に治める独裁制に帰着すると主張します。三体制(民主制・寡頭制・独裁制)の最善を考えると、独裁制が優れているというわけです。
 おもしろいことに、三者の意見の後に、七人のうち四人までが最後の説に加担したことが記されています。つまり、独裁制が多数決によって支持されたということです。独裁制が、多数決原理から導かれることがありえるのです。
 三者の意見から分かることは、民主制も寡頭制も独裁制も、どの政体も堕落する可能性があり、それぞれの政体を担う人がまともならうまく治まる可能性があるということでしょう。

トゥキュディデス

 トゥキュディデスの『歴史』には、紀元前411年にアテナイに現れた五千人会議体制について意見が述べられた箇所があります。
 彼は政体が少数派によって行われる場合にも、多数派によって行われる場合にも欠点があることを理解しています。そのため彼は、アテナイ人が少数有力者と多数民衆との程良い混合が実現した政体を持てたことを評価するのです。この観点は、参照に値します。


※第9回「近代を超克する(9)対デモクラシー[2] プラトンとアリストテレス」はコチラ
※本連載の一覧はコチラをご覧ください。

西部邁

木下元文

木下元文

投稿者プロフィール

1981年生。会社員。
立命館大学 情報システム学専攻(修士課程)卒業。
日本思想とか哲学とか好きです。ジャンルを問わず論じていきます。
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