ケインジアンによる財政政策無効論? ー 失われた20年の正体(その9)

ローマ―論文の根本的な問題点

上記の式には、「政府や中央銀行が余計なことをしなければ、経済は均衡状態を保ったまま成長していく」という新古典派経済学的な経済観が含まれており、そのこと自体も問題なのですが、仮にそうした経済観が正しかったとしても、ローマ―論文の「証明方法」には致命的な欠陥があります。
それは、「通常運営からの政策の乖離」の指標として、金融政策については「マネーストック伸び率」、財政政策については「財政収支のGDP比」を使っていることです(後者については黒字縮小または赤字拡大の場合に「より積極的な政策対応」がなされたことになります)。

まずマネーストックについては、前回(マネタリズムを検証する)述べた通り基本的に金融政策によってコントロールできるものではなく、むしろ経済状況の変化に左右される受動的な変数なので、政策対応の強弱を図る指標としては不適切であることは明らかです。

次に財政収支ですが、これも因果関係が逆転していて、むしろ経済が拡張すれば財政収支も好転し、停滞すれば赤字が拡大する、というのが現実です。
例えば図1は1955年以降の日本の公的支出伸び率(前年比)と政府部門の名目GDP比での貯蓄投資バランス(≒財政赤字、逆目盛)を示したものです。仮にローマ-の分析方法が正しいとすると、1990年代後半以降の日本政府は「かつてないほどの積極財政」を展開していることになってしまいますが、実際はむしろその逆であることは言うまでもありません(支出伸び率で示される「積極財政」を現実に行っていた1970年以前の高度成長期に、むしろ財政収支が黒字になっていることも、合わせて指摘しておきたいと思います)。
つまり、ローマ―論文は二重の意味で「金融政策を過大評価し、財政政策を過小評価している」ということになります。

【図1:日本の公的支出伸び率と政府部門の貯蓄投資バランス(名目GDP比)の推移

日本の公的支出伸び率と政府部門の貯蓄投資バランス

筆者はいわゆる学界に属する人間ではないので、「財政の積極度合いを測るのは財政収支」というのが「経済学者にとっての常識」かどうかは定かではありませんが、もしそうだとしたら明らかな誤謬であり、万が一そうした論理が現実の政策運営に影響を及ぼしているとしたら由々しき事態でしょう(残念ながら、少なくともそうした論理に基づく論文がそれなりの評価を受けてしまっているのは事実です)。
それはそれとして、ここで「政府の財政赤字がこれだけ拡大しているのだから、これ以上財政支出は増やせない」というありがちな議論を考えてみましょう。この背後に「財政の積極度合いを測るのは財政収支」という論理があるかどうかはさておき、「財政収支を見て(あべこべの因果関係を前提に)政策判断する」という点では、実は上記の誤った論理と同じ構造を備えています。つまり、(今回のテーマからは離れますが)こうした議論も実は不適切だということです(ローマ―論文は図らずもこのことを証明した、と言ったら茶化し過ぎでしょうか…)。
見方を変えれば、今回の話は、「(家計や企業の収支が悪化している時は無駄遣いを減らすべきである、といった)ミクロの常識は、マクロでは(特に『政府』という特殊な存在を論じる際には)必ずしも妥当しない」ことを示す一例、と言えるかもしれません。

ローマ―自身が宗旨替え?

ローマ―論文には実はもう1つオチがあります。2009年、アメリカのオバマ政権はリーマン・ショックを受けて8千億ドルの財政刺激法案を通過させていますが、その際ローマ-はそれをはるかに上回る1兆8千億ドルが必要であるという試算を行っています(彼女は2009年1月から2010年9月まで、大統領経済諮問委員会委員長を務めています)。
当然「論文の結論と話が違う」という突っ込みが入った訳ですが、彼女はこれに対して「『財政政策は無効』ということではなく、『大恐慌時の財政政策は規模が小さ過ぎて効果が乏しかった』というのが自分の主張である(One crucial lesson from the 1930s is that a small fiscal expansion has only small effects. … My argument paralleled E. Cary Brown’s famous conclusion that in the Great Depression, fiscal policy failed to generate recovery “not because it does not work, but because it was not tried.”)」と反論しています。
実際には、同論文の結論部分で「(第二次世界大戦を背景に大規模な財政出動が行われた)1942年でさえ財政政策の効果は小さかった(That monetary developments were very important, whereas fiscal policy was of little consequence even as late as 1942, …)」とまで言っていることからすると、上記の反論はかなり苦しい言い訳であり、事実上の宗旨替えに等しいでしょう。

実は「伝説の教授に学べ!…」でもこのエピソードは多少触れられていて、

ケインジアンは、「もっと財政政策をやればよかった」と言っています。ローマーの結論もそれで、だからオバマ政権での財政出動に賛成しています。しかし、実際に効果があったのは金融政策でした(冒頭で紹介したコメントに続く、若田部氏のコメント)。

とコメントされています。しかしながら結びの文でもわかるように、本コメントは「金融政策は有効だが、財政政策は無効」であることを主張するための例示であり、「ローマーの結論」とは噛み合っていません。その意味では今一つスッキリしない、ある意味一貫性の無いコメントになっています。

いずれにしてもローマ―論文の分析方法自体に根本的な問題点がある以上、財政政策の無効性についてはもちろん、金融政策の有効性についても、リフレ派の論拠になるような「ケインジアンの合意事項」など、今や存在しないに等しいでしょう。

(参考文献)
岩田規久男編著「昭和恐慌の研究」(東洋経済新報社、2004年)
浜田宏一、若田部昌澄、勝間和代著「伝説の教授に学べ! 本当の経済学がわかる本」(東洋経済新報社、2010年)
Christina D. Romer: “What Ended the Great Depression?,” The Journal of Economic History (1992).

→ 次の記事を読む: 「リフレ派のアイドル」バーナンキ氏の虚実 ー 失われた20年の正体(その10)

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西部邁

島倉原

島倉原評論家

投稿者プロフィール

東京大学法学部卒業。会社勤めのかたわら、景気循環学会や「日本経済復活の会」に所属。ブログ「経済とは経世済民なり」やメルマガ「三橋貴明の『新』日本経済新聞」執筆のほか、インターネット動画「チャンネルAjer」に出演し、日本の「失われた20年」の原因が緊縮財政にあることを、経済理論および統計データに基づき解説している。

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