マネタリズムを検証する ー 失われた20年の正体(その8)

マネタリズムを検証する

こんにちは、島倉原です。
今回は、「(失われた20年の原因についての)金融緩和不足説」の源流であるマネタリズムの創始者、ミルトン・フリードマン(アメリカの経済学者、1976年ノーベル経済学賞受賞)の著書「大収縮1929-1933 「米国金融史」第7章」(アンナ・シュウォーツとの共著、以下「大収縮」)を読み解きながら、マネタリズム(あるいはそれをベースとした金融緩和不足説)の妥当性を検証してみたいと思います。
同書は副題にもある通り、「A Monetary History of the United States, 1867-1960」(以下「米国金融史」)という1963年に出版された800ページを超える大著から、米国大恐慌のクライマックスである1929~1933年(ニューヨーク株式市場の暴落から、ルーズベルト政権による国内銀行一斉休業)について記述した第7章を抜粋して出版されたものです(原書は2008年に出版)。

大収縮(大恐慌)の原因は、金融政策の失敗によるマネーストックの縮小?

1929年から1933年にかけて、米国のGDPは名目で46%、実質で27%減少しています。この間、卸売物価指数はおよそ3分の1低下し、失業率は25%に達するなど、現代の日本をはるかに上回る大惨事でした。
「米国金融史」が出た当時は、財政出動による需要創出効果を重んじるケインズ経済学が主流の座にあり、「経済の安定性を高める上で、金融政策は極めて限られた価値しか持たない」というのが通説でした(ケインズ自身、一般理論の第15章第22章において、不況脱却の手段としての金融政策の効果が限定的であるとの見解を述べています)。これに対してフリードマンは「大収縮はむしろ、貨幣の力の重要性を裏づける、悲劇的な証拠である。」(「大収縮」冒頭部分)と述べ、当時の関係者の証言も交えた史実を展開しながら、「FRBの対応のまずさが大収縮の原因である」とする以下のような議論を展開します(以下は引用ではなく、筆者による要約です)。

「大収縮期には、マネーストック(家計、非金融企業など、『政府以外の非金融部門』が保有する市中現預金残高)が3分の1以上減少した。このような減少が無ければ名目GDPの大幅な減少や、物価の大幅な下落は起きなかったはずである。」
「マネーストックが大幅に減少したのは、1930年10月、1931年3月、1933年1月に銀行危機(多数の預金者が預金引き出しに走る、いわゆる取り付け騒ぎの多発)が相次いだことが原因である(筆者注:民間銀行は預金引き出しに備えて通常時よりも手元資金を多めに確保しておく必要に迫られるため、貸出縮小をはじめとした資産圧縮に迫られ、結果として経済全体のマネーストックが縮小する、という理屈です)。」
「同時期、政策金利や国債金利が低下したにもかかわらず低格付社債の利回りが急上昇したのは、民間銀行が手元資金確保のために売却に迫られたからで、そのこと自体が企業の資金繰りを悪化させ、断続的な銀行危機をもたらす、という悪循環が生じた。」
「FRBがマネタリーベース(中央銀行が現金や準備預金の形で供給するマネー)をもっと供給していれば、こうしたマネーストックの減少を防げた可能性もあった。それどころか望ましい水準まで増大させることも、ほぼ自在にできただろう。」
「実際にはFRBの多くの関係者が消極的だったため、実行可能な手段があったにもかかわらず、金融緩和は実現しなかった(かえってFRB設立前なら取られていた措置が実施されずなかった分だけ銀行危機が長引き、結果として史上最悪の景気後退が生じた)。」

「中央銀行がマネーストックをコントロール可能」というのは非現実的な想定

「FRBがもっと金融緩和に積極的だったら、現実よりはいくらかましだったかもしれない」という点においては、フリードマンの主張にもそれなりの根拠はあるように思えますし、「プラス効果がゼロではない」という意味なら、それはその通りでしょう。
しかしながら、「マネタリーベースを増やしていればマネーストックを適正な水準に増やすことも自由自在だった(そうなれば、景気後退を避けることもできた)」とまで言えるかどうかは、吟味が必要です。
下記の表1は、第1回・第3回の銀行危機が生じた1930年10月と1933年1月におけるマネタリーベースとマネーストックの残高を、「大収縮」に掲載されたグラフから推計したものです(あくまでも全体感を確認いただくために提示したもので、数字自体は筆者の「目算」で弾いたアバウトなものです)。

【表1:大恐慌当時の米国マネタリーベースとマネーストックの動き】

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「マネーストック」と聞くと、「通貨発行主体である中央銀行が供給するもの」と思っている方もおられるようなのですが、そうではありません。政府と民間金融機関のみ(日本の場合、厳密には、給与を現金給付している日銀職員も含むべきかもしれませんが)を取引相手として資金決済を行っている中央銀行が供給しているのは、あくまで「世の中に流通している現金」と「民間金融機関が資金決済用として中央銀行に開設している準備預金口座(日本における『日銀当座預金』)の残高」を合計した「マネタリーベース」です。

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西部邁

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コメント

    • smd
    • 2014年 1月 24日

    > 「マネタリーベースに対するマネーストックの倍率(いわゆる『信用乗数』)が不変、または(銀行危機が緩和された結果として)上昇する」という前提で、「もしマネタリーベースを現実よりもXX億ドル増やしていたら、民間銀行の資金供給能力が増大し、マネーストックもYY億ドル増えていたはずだ」という議論を展開しています。

    はい、この時点でちゃんと読んでないことが発覚。フリードマンは信用乗数が不変だなんて言ってないどころか、金融収縮期に低下することを述べている。問題は信用乗数が低下することではなく、マネタリーベースを「完全にキャンセルアウト」するように低下するか否か。そして、そこまで厳密な対応性は存在しないと観察結果から読み取ったわけだ。

    • 言葉足らずだったかもしれませんが、
      ここで言う「不変」とは「低下した現実の信用乗数に対して不変」という意味です。
      つまり、表1の1933年1月の数字に即して言えば、「この時点でマネタリーベースを現実の2倍の164億ドルにしていれば、マネーストックは少なくとも現実の2倍の688億ドルにはなったし、実際には信用収縮が改善してそれ以上になっただろう(つまり、信用乗数は現実の4.20倍よりも大きくなっただろう)」というのが、フリードマンの議論だと理解しています(「大収縮」の「第6節 代替策」参照)。
      これに対して、「マネタリーベースを拡大するだけでは資金需要サイドの問題は解決しないため、マネーストックはフリードマンが言うほどは(恐らくほとんど)増えず、信用乗数は4.20倍よりよりもさらに低下していたはずである」というのが本稿の議論です。

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