オバマ大統領はTPA法案を運よく通せても、TPP交渉で譲歩できない

田んぼ

 2014年1月9日、ついに米国議会にTPA法案が提出されました。TPA法案が可決されれば、米国議会はTPPをはじめとする通商協定に対して、修正は許されずイエスかノーの投票で批准を決めることになるとして、日本のメディアは各紙こぞって「大統領に一任する法案」により交渉が加速する、政府が交渉をしやすくなるなどと書き立てました。あたかも日本での国会承認と同じ手続きを踏むような書かれ方ですが、実際は全く違います。一度でもTPA法を読んだ人であれば、この説明がTPA法の一部でしかないことがすぐに分かるはずです。
 しばらく前まで外務省のウェブサイトにあった説明にも、

1)期間を限定し、
2)行政府に対し議会への事前通告、交渉内容の限定などの条件を付す、
4)かかる条件を満たす限り、議会側は行政府の結んだ外国政府との通商合意の個々の内容の修正を求めずに、迅速な審議によって通商合意を一括して承認とするか不承認とするかのみを決することを
5)法律で定めるもの
 ※数字と改行は筆者による

とありますので、TPA法は「大統領に一任する」ためだけの法律ではありません。しかも、上記説明には抜けてしまっていますが、2002年のTPA法、そして今回提出された2014年TPA法案でも、交渉内容の議会への報告義務は重要な要素です。

最初で最後のステークホルダー会合

 TPA法案の詳細は、これから修正も入っていくことでしょうし、専門家の方々が解説をしてくださっていますので、そちらに譲るとして、今回はTPA法案と議会、そして米国交渉団にまつわる興味深いエピソードを紹介したいと思います。
 昨年(2013年)8月にブルネイで行われた、日本のステークホルダー(利害関係者)が正式に参加できる、最初でもしかしたら最後のステークホルダー会合に参加するに当たって、私の最大の目的は、果たしてUSTRはTPA法が失効したまま交渉を続けていることをどう考えているのか、他の国はどのように考えているのかを確かめることでした。
 ステークホルダー会合ではそれぞれの国の首席交渉官をはじめとする交渉官がフロアにいて、登録したステークホルダーが彼らに自由に話しかけて、質問や意見交換をするというそれまでやったことがない新しい形式をとると説明されていました。しかしブルネイ会合に参加しているステークホルダーの大半が日本人なので、最初に顔だけ出して鶴岡首席交渉官だけ残ればいいのではなどというジョークも出たということでしたし、実際に交渉を行う施設と同じ場所で開かれるはずだったステークホルダー会合が、突然場所が変更になり、かなり離れた場所での開催になったので、果たして本当に首席交渉官たちが現れるのか直前までわかりませんでした。広い会場で目当てのバーバラ・ワイゼル米首席交渉官を見つけて話しかけることができるのかも不安でした。
 エンパイアホテルで朝から行われたプレゼンを終え、案内されたホールではすでに立食パーティのような雰囲気で会合が始まっており、初めて参加した私などは、誰がどの国の交渉官なのかも分からず、どうしたものかとまずは立ち尽くすばかりでした。運よく前日までに知り合っていた他のステークホルダーの方に、誰がどの国の首席交渉官なのかを教えていただくことができ、そのときいた方々には質問をすることができました。Facebookのグループがステークホルダーとしてプレゼンをするというのが珍しかったらしく、私が名刺を差し出すと、皆さん、ああ、あのFacebookの、と笑ってくださいました。しかしその時になってもバーバラの姿は見つけることができませんでした。

→ 次ページ:「国TPP首席交渉官が語った議会と交渉官の関係」を読む

1

2

西部邁

関連記事

コメント

    • 首藤信彦
    • 2014年 1月 29日

    TPPで検索していたら、このサイトにたどり着きました。どれも立派な記事で大変参考になりました。TPAはちょっと違っていて、そもそもTPA(2007年失効)と2014年TPAはまったく異なったものです。小生の分析も載せておきますね。
    首藤
    2014年貿易重点法(TPA)とは何か?               2014年1月13日
                       TPP阻止国民会議事務局長 
    前衆議院議員 首藤信彦

    1. 民主・共和共同提案2014年貿易重点法(TPA)とは何か?
    3年半に渡って続けられたTTP協議が最終段階に来て失速し、昨年末のシンガポール閣僚会合においても、大枠合意も成立することがなかった。その最大の問題は、交渉の最終局面においてもTPPを主導するアメリカ政府(USTR)自体が、アメリカ憲法上、貿易交渉の権限を持たず、TPP協定を成立させるには、まずアメリカ政府自体(オバマ大統領)が議会より、貿易交渉包括権限であるTPA(Trade Promotion Authority)を獲得する必要があったからである。
    ところが、アメリカ政府は財政の壁や外交内政の失政のために議会の支持がきわめて脆弱で、さらにTPPの秘密交渉により貿易協議から阻害されたと感じた議員から強い不満が表面化してきた。昨年には与党の民主党下院議員151名よりなるオバマ大統領あて抗議書簡が出され、TPAによるFAST TRACK(追い越し車線)を供与することはできないと宣言されてしまった。
    このような状況において、秋の中間選挙を目前にしてTPP合意の最後の機会でもある、2月の閣僚交渉、そして4月に予定されているオバマ大統領のアジア訪問を前に、アメリカ政府の交渉取りまとめを促進するために、民主・共和両党のTPP推進議員が合同でTPA法案を1月に議会に提出し、それがそのまま迅速に成立することはないにせよ、少なくとも交渉においてアメリカ政府の背後を押す効果があると考えられた。
    そして1月9日にBipartisan Congressional Trade Priorities Act of 2014(BCTA2014)が議会に提出されたのである。
    <提出者:上院/財政委員長ボーカス議員(D)ハッチ議員(R)
    および下院/歳入委員長カンプ議員(R)>

    2. Trade Priorities Act=TPA≠TPA=Trade Promotion Authority!?
    今回、両党連合で提出された法案の省略形はTPAであり、これまで議論されてきたTPAと一見同じに見える。おそらくその効果をねらって、このような名称にしているのであろう。しかしながら、これまでのTPA(2007年失効)がアメリカ政府と大統領に、大きな貿易交渉権限を授与することを内容としているのに対し、今回のTPAはアメリカ政府が複数の巨大貿易交渉を進めるに当たっての重点・優先テーマ(Priorities)を提示しそれを実現することを求めているのである。しかも、それはTPPだけでなく、EUとのTTIP(環大西洋貿易投資協定) さらにジュネーブで交渉が行われている新サービス貿易協定(TiSA)をも包含している。
    これはまさに世界経済における膨大なテーマと50カ国・地域に達する国々との交渉という壮大な交渉計画であり、その実現には内容の精査にも、影響の分析にも長期間が必要となる。このような包括的で巨大な貿易交渉権をアメリカ政府と大統領に短期間に採決して授与することは、たとえオバマ大統領が議会から圧倒的支持を受けていたとしても、容易ではないだろう。まして政府が予算案を通すこともできずにシャットダウンに追い込まれるような状況の大統領が、歴史上かってないような例外的巨大権限を議会から授与されることは現実的に考えにくいのではないか?
       さらに問題は、貿易以外の理由から政府が安易に妥協できない要求、たとえば貿易
    交渉参加国の通貨操作禁止などが含まれていることである。
    それはアメリカ自体の財政金融政策にも影響がある。同時に、今回TPAにおいては議
    会側のフラストレーションを反映して、貿易交渉への直接的な議会関与を生むことに
    なる議会への不断の情報提供や、両院における貿易交渉協議組織設置など、非公開・完
    全秘密のTPP交渉自体が成り立たないような要求が議会から突きつけられている。
       このような要求はオバマ大統領もUSTRも呑めるはずがなく、その一方で、TPAに書かれたアメリカ中心主義(例えば、貿易協定が成立してもアメリカ国内法は変えない...など)はTPP交渉参加国をしらけさせ、早期締結へ圧力をかけるUSTRに対する不信感はいっそう募ることにつながる。スノードン事件でアメリカに盗聴されていたことが暴露されたTTIP参加予定のヨーロッパ各国の反発も激しいものとなろう。
    そう考えると、今回の法案は、それが大統領に即時に巨大な権限を授与するというより、このような目標にむかって努力せよという意味合いが強い。むしろ、法案成立よりも、法案審議の過程において早くTPPの合意をまとめろという議案提出者の意図があると疑わざるを得ないのである。

    3. 今回のBCTPA2014の趣旨を上院財政委員会及び下院歳入委員会の政策スタッフによる法案説明メモ(一部に不明な部分あり、確認の時間がないので、あくままでも仮訳であることをご理解いただきたい)を中心に以下にまとめた。

    (1)確固たる貿易アジェンダ
     政府(administration)は議会との協議を続けながら、確固たる貿易交渉のアジェンダ実現に努力する。
    *アメリカは11のアジア太平洋諸国(TPP)、28のEU諸国(TTIP)、TISA(サービス貿易交渉)に参加する22カ国、そしてWTO参加159カ国と交渉する
    *TPP参加国、TTIP参加国のとの交渉は10億人の市場、世界全体のGDPの2/3そして貿易の65%をアメリカに開放する。TISAは世界GDPの50%に相当し、世界のサービス貿易の70%をカバーする。
    *2007年に失効したTPA(貿易促進権限)を刷新することは、これらの交渉を成功裏に締結することおよび、議会における立法にとって不可欠なものである。
    (2)既存の法を強化・改善する
    *政府は、議会が指示する交渉目標に従って、議会の特権を着実に守り履行する。
    *交渉における事前・途中・および終了後の情報提供要請に対して、確固としたアクセスおよび協議を確立する。このことが、国民および議員にオープンで透明なプロセスを保証する。
    *議会特権を堅持し、修正なしの協定案の可否のみを決定する方式にて、議会に貿易協定の承認に関し最終決定権を与えること。
    (3)21世紀型の交渉目標
     このTPAによって、議会は明確で野心的な貿易交渉目標を政府に対して提示し、同時にアメリカの貿易相手国にも、アメリカ議会の要望を通告するものである。TPA2014はこれまでの交渉目標を更新、近代化し、アメリカの貿易協定が世界で最も優れたものであり、アメリカ製品、サービス、投資の市場を開放するためのものである。
    *デジタル時代に適合した新しい製品・サービスの目標を確立する
     新しくまた拡大された条項によって、国民経済のすべての産業分野に便益を生みだすサービスの役割を認識し、貿易を促進し、野心的なTISA交渉を推進する。国境を超えるデータの流れの保護を含め、デジタル貿易促進のための目標を更新し、国際商業活動におけるインターネット重要性を認識する。
    *農業ルール強化
     確固としたまた強制可能なPSPを求め、地理的表示の不適正さを監視する。
    *投資のバランスのとれた目標を堅持
     TPA2014は国境を越える投資に対する障壁を消滅させ、アメリカの投資家を不公正な待遇から守るための強固な目標を堅持
    *知的財産権の堅持
     サイバー窃盗を解決し、貿易秘密を守り、正当なデジタル貿易を促進する。また、交渉目標はアメリカ法と同等の高いレベルの知財保護を獲得するための貿易交渉、また、貿易合意が技術革新や医薬品へのアクセスを促進することを求める。
    *労働と環境の更新
     アメリカの最新の貿易協定を参照しつつ条項を更新し、貿易相手国が国際的に認知された核となる労働基準を履行することを保持し、それを回避したり劣化させたりすることのないようにする。
    *通貨操作問題に取り組む
     新たに初めて取り入れられる条項は、たとえば、相互協調的なメカニズム、強制可能なルール、報告、経常監視、透明性などによって、貿易相手国が為替レートを操作することを禁ずることに向けられる。
    *規制慣行の改善を求める
     規制慣行、規制の一貫性、規制の融和性(compatibility)、規制および基準形成プロセスにおけるより強い透明性を求める新規の更新された条項。そして政府の規制賠償制度が透明で、手続きが公正かつ無差別であること。
    *貿易に対する現地化障害への取り組み
     アメリカの製品およびサービス貿易に対する現地化強制ないし類似の障害に対して新たな交渉目標を設定
    *グローバルな価値連鎖(value chain)の推進
     アメリカがグローバル規模で展開する価格連鎖に参加し、さらに貿易協定が貿易および投資活動におけるより相互連関的でマルチセクターな性格を反映するような新条項
    *強い強制力
     アメリカの貿易協定における強い紛争解決メカニズムを保証するように大統領を指導
    *貿易矯正手段の確保
    アメリカの貿易諸法を厳格に執行する能力の確保

    (4)議員および国民との協議の強化
     新たなそして拡大された条項が議会にパワーを与え、交渉において議会が有意義な役割を演じることを可能にする。
    *条文(text)へのアクセス:すべての議員が交渉中の条文にアクセスできることを法令で定める。
    *議会との協議の強化:USTRに対し、いついかなるときにも関係議員と面談し協議することを要求する。交渉の前、途中、交渉後に協議しなければならない範囲の拡大
    *交渉過程にすべての議員の参加を許可する:すべての議員が議会アドバイザーとして任命され、すべての交渉に正式に立ち会う。
    *貿易交渉において上下院にアドバイザーグループを設立する:進行中の貿易会議の監視のために両院にアドバイザーグループを創設し、定期的に会合を持つ。すべての議員が自己の見解を述べる機会を与える。
    *透明性を高め、市民とアドバイザーグループとの協調を推進:透明性確保とともに、アドバイザー委員会との情報共有に関する成文ガイドラインに基づき、市民参加のプロセスを要求

    (5)法を執行する際にも議会関与:この新しい拡大された条項は、議会が法執行をコントロールし、修正なしに熟慮のルールを提供することを保証する。
    *TPAを延長する:TPAを4年間延長し、必要ならさらに3年間延長するーこれにより、次の大統領までこの権限を延長できる。
    *確固たる報告の要請:貿易協定のもたらす影響についての報告を拡大し、すべて公開する。
    *アメリカの主権を守る:貿易協定は議会の承認なしにアメリカの法律を変える事はできない。
    *貿易法案を施行する範囲の明確化:法案を施行する際は、「これらの条項は貿易協定を履行するのに適切であり、明確に必要とされる限りにおいて」施工されると明記する。
    *議会の監督強化:TPAの手続きは、定められた時間枠に完結した協定にのみ適合し、また発効手続きはより厳格でなければならない。
    *交渉途中の貿易交渉への監視:TPAが交渉途中の貿易交渉にも、監視と協議の要請を含め適用されることを保証する。
    *強い包括的な不承認プロセス:TPAは、貿易交渉が目標に合致せず不適切な進捗を見せる場合はキャンセルされる。そしてすべての指示および協議の要請には不承認が宣告される。

    • 首藤先生
      2014年TPAの詳細解説をありがとうございます。
      もう読まれたかも知れませんが、これまでのTPAに関しましては、Lenore Sek氏の文献がいろいろな論文などに引用されており、とても分かり易い内容になっています。
      IB10084: Fast-Track Authority for Trade Agreements (Trade Promotion Authority):
      Background and Developments in the 107th Congress
      http://www.cnie.org/nle/crsreports/economics/econ-128.cfm

      滝井先生の
      「大統領の通商交渉権限と連邦議会」
      http://www.iti.or.jp/kikan69/69takii.pdf
      の中には、Sek氏の論文の中から重要な部分が多く引用されていますので、一般の方にはまずこちらの文献を読まれることをお勧めしています。

      今回のTPA法案に関しましては、法案の間は政府も詳細を翻訳してくれたりはしないでしょうから、今後も私たちが見張っていかなければならないでしょうね。今後ともよろしくお願いいたします。m(__)m

  1. 2014年 2月 05日

  1. 2015-9-7

    フラッシュバック 90s【Report.1】どうして、今、90年代か?

    はじめましての方も多いかもしれません。私、神田錦之介と申します。 このたび、ASREADに…

おすすめ記事

  1. 「マッドマックス 怒りのデス・ロード」がアカデミー賞最多の6部門賞を受賞した。 心から祝福したい。…
  2. 多様性(ダイバーシティ)というのが、大学教育を語る上で重要なキーワードになりつつあります。 「…
  3. SPECIAL TRAILERS 佐藤健志氏の新刊『愛国のパラドックス 「右か左か」の時代は…
  4. はじめましての方も多いかもしれません。私、神田錦之介と申します。 このたび、ASREADに…
  5. ※この記事は月刊WiLL 2016年1月号に掲載されています。他の記事も読むにはコチラ 「鬼女…
WordPressテーマ「SWEETY (tcd029)」

WordPressテーマ「INNOVATE HACK (tcd025)」

LogoMarche

TCDテーマ一覧

イケてるシゴト!?

ページ上部へ戻る